January 30, 2010

ジャジューカ・プロジェクト part18(ゾマホンさんの活動)

先日、行きたかったけれど用事があって行けなかったと書いた、知人が夢を叶え出演することになったライブ会場に花束を贈りました。
「こんなイメージで」
とだけお願いして、あとは花屋さんにお任せだったのでどんな花束になったのかわからなかったのですが、花束を受け取った知人がその花の写真を送ってくれました。
中に青い薔薇が入っていました。
「珍しい」
と思ったら、新しく開発された花のようで、花言葉は当初、人工的に作られたというところから「あり得ない」「不可能」だったそうですが、その後、開発が進みブルー・ローズの誕生が可能になったので新たに「奇跡」「神の祝福」という花言葉がつけられたようです。
最初は「あり得ない」「不可能」なことが、「奇跡」「神の祝福」へ。
……大きい。
花言葉以上の深い何かを教えられたような気がします。
今回、ここで紹介しようとしている話を象徴しているような気もします。
そして「がんばれば夢は叶う」ということを、知人にも、今から紹介する話にも教えられました。


*************



さて、ジャジューカに来日してもらいたいという思いから始めたジャジューカ・プロジェクトですが、興味の対象がどんどん広くなっています。
ブライアンがストーンズで活動するうち、いろいろな楽器演奏に、またブルースから民族音楽にまで興味を持っていったのと似ているのでしょうか。
興味を持って知っていくことは無意味ではないし、最初の思いを忘れていなければいいのだと思うので、このまま進めていきます。


さて、今回は先日行ったイベントのトークショーのゲストとして招かれていたベナン共和国出身のゾマホンさんの活動について書こうと思います。
登録しているメールマガジンが先日届き、読んで、夜中に思わず泣くほど感動してしまったので。


ゾマホンさんは教育が大切と考えていて、ベナンに学校を作りたいと思っていました。
その学校は日本とベナンの友好を深め、両国の架け橋になるのだと考えていました。

1999年に「ゾマホンのほん」(河出書房新社)を出版し、そこから得られるお金はすべて学校作りに使うと言っていました。
私も当時、テレビでそのことを知り、本を買いました。

学校をつくりたいという夢は叶い、現在までの学校建設はコチラ↓
2000年 たけし小学校 開校(コロボロル村)
2001年 明治小学校 開校(キカ村)
2001年 江戸小学校 開校(チチャク村)
2003年 たけし日本語学校 開校 (コトヌー市)

2003年に開校した「たけし日本語学校」は、大人も通える日本語、日本文化を勉強出来る学校で、そこに開校時からずっと真面目に通い続けてきたココさん、セボンさん、という生徒さんがいるそうです。
二人は「日本に行くことは不可能かもしれない」と思いながらも、ずっと勉強を続けてきました。

2008年?(or2009年)に、ゾマホンさんが尊敬する北野たけしさんが、北海道の花畑牧場経営者の田中義剛さんに、
「ベナンに行って、農業技術を教えてくれないか」
と頼んだそうです。
学校に通う子どもたちの中には昼食のお弁当を買えない子たちがいる、農業、畜産を覚えて、食べるものを自分たちで作れるようになれればいいのではないかと思いついたからです。

ベナンに行った田中義剛さんは畜産の基本をベナンの人々に教え、ココさんとセボンさんに会い、
「花畑牧場の研修生として、二人を日本に呼ぶ」
と約束をしました。
しかし、二人を研修生として迎えるまでの道は険しく、クリアしなければならない問題は山積みでした。
諦めず、ひとつひとつの問題をクリアして、
2009年末に日本の研修生ビザ(1年間)が二人におりました。
そして!
2月2日に、ココさん、セボンさんが日本に来るそうです!
そう、
諦めかけていた日本に来る夢が叶ったのですshine

私は夜中にこのメールマガジンを読んで、思わず、
「よかったね~」
と呟きながら、感動して泣きました。

これまでの経緯を何も知らなかった私が、何にそこまで感動したかというと、
ベナン共和国という国、
「アフリカにあるの? アフリカのどこにあるの?」
と思う方も多いのではないでしょうか。

何度か使っている地図で、ベナンの位置を確認してみましょう。
Africa2
クリックで拡大。
ベナンは西アフリカにある国です。

アフリカ大陸の一国であるベナンという国、そこで日本語を、日本の文化を学んでいる人たちがいて、日本に好意を持ってくれている、
私は当たり前のように、のほほんと日本で暮らしているけれども、その日本をこれほど想ってくれている人たちがいるということに、まず日本人として感動。

そして今回の件には、どこにも悪意がないということ。
一生懸命、真面目に学んできたココさんにもセボンさんにも、二人を迎えたいと願う人々にも、悪意なんて微塵もなくて、そこにあるのは、大きな言葉で表現すると””だと思うのです。

しかも二人は観光気分で日本に来るのではなく、日本の農業技術を学ぶためにやってきます。
そして学んだことは、ベナンで活かされていくのです。

アフリカから、2月の日本、その上、北海道の花畑牧場に行くということで、気温差に体調を崩しませんようにと思いますが、どうか二人には、たくさんのことを学んで、たくさんのいい経験をして、たくさんのいい日本人と触れ合って欲しいなって思います。
ベナンに帰った時に、学んだことを活かせますように。
そこに笑顔が生まれますように。
そして、
「日本は本当にいいところだし、日本人はいい人たちだよ」
って土産話を持って帰ってもらえるような経験ができたなら最高だと思います。

「ベナンと日本の架け橋になりたい」
ゾマホンさんの夢。
ひとつひとつの、こういう活動を通して、両国の距離が縮まっていくのは素晴らしいですね。

今回紹介したメールマガジン、またメールマガジンの登録はコチラ↓
http://www.zomahoun.com/ife/mailmagazine.html

ゾマホンさんのホームページはコチラです↓
http://www.zomahoun.com/

忙しい日々を送りながら、ベナンと日本の架け橋になるべく尽力しているゾマホンさん、
これからもゾマホンさんの活動に注目して、応援していきたいです。

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January 25, 2010

龍之介企画の夜「STORYTELLERS Vol.1」

胃痛治まらず。
そして電車内のモニターの「花粉症の季節到来!」という文字を見ただけで、くしゃみが出そうになりました。

が、しかし、これははずせない!
去年の夏以来の龍之介さんのライブだーーheart04

思えば、龍之介さんを知ったのも、ブライアンについてインタビューに答えていたのを読んだことからなので、この縁もブライアンがつなげてくれたものなのですhappy01


さて、今回のライブ、感想を「。」無しで、とりあえず一気に述べてみます。

私は人間不信気味なところがあって、その理由は自分でもわかっているのですが、信じて痛い目に遭うのが嫌だから、なるべく迂闊に人を信じたり期待したりしないようにと警戒していて、それでもどうしてもノンキな私は「失敗した!」って思うことが多々あって、例えばちょっと前もある人について、「××で○○だったから、信じたのは間違いだったのかもっ」と疑心暗鬼の塊になっていたら、友達から「ん~、でもさ、そんなに悪い人ばっかりじゃないと思うよ」という言葉が返ってきて泣けてしまったのは、そこまで人を信じられない自分が情けなかったのと、ホントは私だって信じたいよ、っていう思いが交錯したからで、つまり私の「誰も信じられない」は「本当は誰かのことを信じたい」の裏返しであるわけですが、そんな私が「誰かと手をつなぎあうことのあったかさ」とか「信じても大丈夫な人もいるよ」とかいうことを、やさしく教えてもらったようなライブでした。

ふぅ。
(一気に述べたので一息)

あらためて、すっごくわかりやすく感じたのは、
「何かが伝わってくる音楽」と「そうじゃない音楽」の違い。
伝わってくる音楽の伝え手(ミュージシャンorプレイヤー)は、
「俺が(私が)!歌ってる、演奏してるんだぜ~!」
という感覚になってないですね、演奏中。

それは一曲目でわかります。
「なんだろ、これ。なにか、すごい」
って。
伝わってきているものが、単に伝え手が伝えているのではなくて、もっともっと大きなものだって。
伝え手は伝えるべき”何か”を伝えるパイプ役みたいになってるって。
つまり、ミュージシャンorプレイヤーは「自分が!」っていう自我が無くなってる。

某脚本家の方が語っていた感覚と同じなのだと思います。
「自分は降りてくるものを伝える役をやればいいだけ」

もちろん、誰が伝え手でもいいのではなくて、よりよく伝えるためにテクニックを持っている必要はあると思いますけど。

それと音楽に対する深い愛を感じましたheart01
敬愛というほうが正しいかも。
やっぱり”愛”がなければ、伝えられないのでしょう。


帰り際、今まで何度かライブに行っていたのに、初めて握手してもらって、
「初めて握手してもらった!」
って言ったら、
「そんじゃ」
って感じで、丁寧に握手してくれて嬉しかったです。
今まではライブ終了後、早く帰りすぎていたのでしょうか。
CD買ってから帰ったこともあったし、毎回ソッコーで帰ってたわけでもないんだけどな。
でも、今度からはちょっと待ってから、握手してもらって帰ることにしようっと。

今回はワンマンじゃなかったのですが、雨宮弘哲さんのマンドリンの音は軽快で、16歳のももちゃんと、龍之介×小春「唄とギターと手風琴」でも登場したアコーディオンの21歳の小春さんのチャラン・ポ・ランタンは迫力満点で、感動感激でした。
パワーがある上、可愛かったし!
ずんずん伝わってくるものがありました。また聴きたいな。

ホントに、あったかいあったかい”龍之介劇場”でした。
冷えた心に、ポワンと灯かりがともるような。

4月10日(土)には、CD発売記念ワンマンライブが下北沢GARDENという大きなライブハウスであるそうです。
お時間ある方はぜひぜひnotes

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January 21, 2010

ジャジューカ・プロジェクト part17(松本仁一さんの本)

いろいろやることがあると、必然的に睡眠時間が短くなってしまうわけですが、休日、思いっきり眠っていたら10時間ほど眠っていました。
まだ眠れそうでしたが、やることも終わってないのでモソモソ起きて、気分転換にと海を見にいったら、日が暮れてしまっていて、既に夜の海。時間的にはまだ夕方な感じだったのですが。
Umi


でも波音と海の匂いが気持ちよかったです。

久しぶりに「音たち 言葉たち」に「きっと。」(BGM付)更新。よろしかったら、どうぞ。


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ジャジューカ・プロジェクト part16~ジャジューカその後を考える~」で「アフリカ・レポート」(岩波書店)という松本仁一さんが書いた本に出会ったと書きましたが、その後立て続けに松本さんの本を読みました。
最近のブログでも何度か、これらの本から引用しました。

「アフリカを食べる」(朝日新聞社)
「アフリカで寝る」(朝日新聞社)
「空はアフリカ色」(朝日新聞社)
「アパルトヘイトの白人たち」(すずさわ書店)
「カラシニコフ」(朝日新聞社)
「カラシニコフⅡ」(朝日新聞社)
「ユダヤ人とパレスチナ人」(朝日新聞社)

松本仁一さんは1942年長野県生まれ。2007年まで朝日新聞社に勤務。社会部員、外報部次長、ナイロビ支局長、中東アフリカ総局長、編集委員を歴任。ボーン・上田国際記者賞、日本記者クラブ賞等を受賞。

ここでひとつ気付いたこと。
そうです、1942年生まれ。ブライアンと同じなのです!shine
これだけで松本さんに親近感を持ってしまった私。

と、言いつつ、それだけではありません。

上記の本の中の「アフリカを食べる」は朝日新聞の土曜日の夕刊(関東地域)に1994年4月から1995年6月まで連載されていたコラム、
続いて「アフリカで寝る」は朝日新聞の土曜日の夕刊(関東地域)1995年7月から1996年3月まで連載されていたコラムなのですが、

「アフリカで寝る」より※引用※
異文化と出会ったとき、最初から毛嫌いしてしまっては何の発展もありません。そんなとき、食べるとか寝るとかいう分かりやすい部分から入っていくと、「なんだ、彼らも我々と同じようなことをしているじゃないか」とか、「あれ、これはずいぶん違うやり方だな」と感じることができる。そこから、いろいろ考えるきっかけが出てくるし、思いがけない事実に気がつくこともあります。

という部分を読んだ時、
「こういう物の捉えかたをする方が書いたものは、絶対おもしろいに違いない!」
と思ったのです。
その予感は当たって、それぞれの本、すべてがおもしろく、わかりやすく、興味深かったです。

アフリカで特派員生活を送るのにはタフな精神と身体が必要で、ちょっとのことで、わーわー騒いでしまうようではダメだなということも、よくわかりました。
文字を追っているだけでも、思わず目を覆いたくなってしまうシーンもありました。

思わず「そうだよね~」と深くうなずいてしまうところもたくさんあって、例えば、

「空はアフリカ色」より※引用※
国際感覚を持つというのは、文化の違いを認めた上で、相手の中に共感できる何かを見つけ出す努力をすることではないかと思う。「共感力」といいかえることもできるだろう。劣等感と優越感ばかりでは、いつまでたっても共感力を身につけることはできまい。

「へえ~~~」と感心したところ、例えば、

「空はアフリカ色」より※引用※
日本の精神文化は、多神教的生活習慣・祖先崇拝も含め、ヨーロッパ文化よりむしろアフリカの伝統と似ている。にもかかわらず近代化に成功し、その面では西欧合理主義を追い越している。

「なるほど、ううむ~」と教えられたところ、例えば、

「空はアフリカ色」より※引用※
自分たちの文化に対する自負がないところに健全なナショナリズムは育たない。ナショナリズムのない所では、大衆が参加した民主的な国造りは難しい。いつまでたっても植民地後遺症をひきずり、西洋かつらをかぶった権力者と貧しい大衆とが両極に分かれたままの”国家といえぬ国家”が続いていかざるをえない。

「カラシニコフⅡ」より※引用※
私たち日本人は国家というものを単一化してイメージしがちです。
日本語を話し、ハシを使って食事する「日本人」という民族がいる。その民族が、海で区切られたひとかたまりの国土に住み、自分たちの中から指導者を選んで行政を管理させている。それが「国家」だ。
住民はすべて戸籍に登録されており、学齢になるとみんな学校に行く。義務教育は無料だ。全国に警察の網が張りめぐらされ、山間の地でもパトカー、救急車が来てくれる。銃や刃物を持つことは厳しく規制されており、夜ひとりで町を歩いてもほぼ安全だ。国家というのは、世界のどこでもたいていそんなものだ――。
冗談ではありません。そんな国家は世界ではむしろ少数なのです。


先日も書いたイベントで、ゲストのゾマホンさんが、
「最近は物騒になってきたとは言っても、日本ほど安全な先進国はない」
と話していて、言われてみれば、確かにそうかも、と思いました。

でも実は私は、以前のブログでも引用しましたが、「アフリカ・レポート」の、
※引用※
犯罪の多発は投資にブレーキをかけ、経済の発展を妨げる。経済が発展しないと貧困は解消されない。貧困は犯罪を生む。悪循環が続いている。
というところを読んだ時、
「これ、アフリカの話として片付けられないんじゃない? 日本だってこうなる危険性はある、というか、なりつつあるのでは」
と思ってゾッとしたのです。
先進国で安全な日本、情緒があって独特の文化があって愛すべき国、日本のはずなのに。
同じくゾマホンさんが「日本は外交がダメ」と話していたと先日も書きましたが、良い外交を目指し、助け合うところは助け合い、その中から必要なことを学び取り、安心して穏やかに日々過ごせるようにしていくことはできないものでしょうか。
それぞれが自立し、役割を果たしていくことが、全体のためにもなると思うのですが。




というわけで。
松本仁一さんの講演などがあれば、ぜひ行ってみたいです。
学ぶことがたくさんあるに違いないです。

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January 12, 2010

同じグループで活動するということ。

MODEAの演奏する音楽は大好きだけど、3人それぞれが奏でる音も素晴らしい。
グループとしてのライブもいいけど、それぞれの活動、ソロ演奏も聴いてみたいなあと思っていて――、
行ってきました♪
今回はピアノの田中葵さんのライブ。
あ、ソロではありませんでした。チェロの大谷雄一さんとのディオライブでしたshine

クラシックのライブでしたが、もう、ホントに、ステキで、一曲目から気付いたら涙でした。
田中葵さんの軽やかで優しい音色は元々好きだったのですが、大谷雄一さんのチェロの音色も素晴らしくて!
チェロのソロ演奏を聴いたことがなかった私は、
「へ~~~~、チェロってあんな音が出るんだー」
と興味津々。
教会でのライブだったのですが、神聖な雰囲気の中に伸びやかな音色が広がって、とても気持ちよかったです。
よく表現者の方が、
「なにかが降りてくる」
と言いますが、教会での演奏ということもあってか、本当に何かが降りてきていて、演奏者の感性とテクニックを通して、降りてきている何かが音になっている、という感じがしました。
不思議な感覚だけど、清らかな空間だった~notes
また機会があったら行きたいです。




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さて、自身の浮気問題で離婚したばかりのロン・ウッドが21歳のガールフレンドと別れ、その上、ストーンズからもクビになりそうだという話が飛び交っています。
私は今更、ロン・ウッドをクビにしたりはしないと思うのですが。
ただ本人の身体のためにも、アルコール問題はどうにかしないといけませんね……。

と、ロン・ウッドの話はおいといて、このブログでは、やはりブライアンに触れていきましょう。

ブライアンに関しての話で、クビの話といえば。

デビュー前、一緒にメンバーとして活動していたイアン・スチュアート。
スチュ(イアン・スチュアート)のピアノの音を聴いたとき、ブライアンは即、メンバーにすることを決めたといいます。
確かにスチュの演奏は魅力的です。

しかし、デビューにあたり、マネージャーとなったアンドリュー・オールダムは、スチュをメンバーからはずすことを決定します。
理由は、「6人じゃ多すぎる」「(スチュの)ルックスがストーンズには合わない」。

当時リーダーだったブライアンはスチュにそのことを告げました。
即ち、クビ宣告です。

スチュは怒りをブライアンへの恨みに変えます。
スチュがふてくされていると、ブライアンが、
「気にしないでくれ、君はストーンズの一員だよ。常に君は6人目のストーンズなんだから」
となだめたそうです。
スチュは、「くだらない」と思って無視していたそうですが。
当時のブライアンのガールフレンドだったリンダ・ローレンスは、
「スチュはブライアンを憎んだでしょうね。だってちょうど有名になりはじめた頃にステージを降ろされたんですもの」
と語っています。

スチュはその後もバンドと一緒に行動し、時にはロードマネージャーになり、演奏にも参加しましたが、”ストーンズのメンバー”ではなくなりました。
キースはそんなスチュを「器が大きい奴」と評価していますが、スチュ自身は「単におもしろそうだったから、一緒にいたんだよ」というような発言をしています。

そこで考えてみます。
ブライアンは自分がその才能を認めたメンバー、スチュをクビにすることを心苦しく思わなかったのでしょうか。

ブライアンの心境を考えるのに、そこに至るまでのことが参考になると思います。

ブライアンはメンバーを集め、バンドを作り、ブライアンなりに必死に売り込みをしましたが、すぐに注目をあびたわけではありませんでした。

ブライアンは次のように語っていたそうです。
「マディ・ウォーターズのレコードをかけながら俺たち3人でしゃべった時のことを覚えているよ。俺たちのやってる音楽はまちがっていないのに、まともな仕事がないんだったら、ちょっと今やってる音楽のことは忘れたらどうだろうかと考えたんだ。たぶん俺たちは失敗だったんだろうと。結局俺たちはたいしたことをしてなかったんだ、ただ丸1年間、音楽を学んできただけだったんだってね。だからもう限界だろうって考えたよ。もし俺たちが完全に失敗だったとしてもそれでいいじゃないか。少なくとも挑戦はしたんだから」

キースにもブライアンにもストーンズの将来は暗いように思えたそうです。
以下、キースの証言です。
「62年の時点で、ブライアンも俺もリズム・アンド・ブルースをやってきたのは完全に失敗だと思ったよ。でも俺たちは、それをやめてしまおうとは思わなかった。で、2人でエヴァリー・ブラザーズものをやろうとして、3~4日ほどキッチンでああいったひどい歌を練習した」

ブライアンはとにかく音楽で成功するために必死だったのです。
メンバーの中でただ一人、ブライアンだけがプロになるのに本気だったという話もあります。
ブライアンには音楽しかなかったから、なにがなんでも音楽で成功したかったのです。

でもどんなに必死にやっても認めてもらえない、
”もう限界”とまで追い詰められたものの、頭のいいブライアンは「音楽は間違っていないのにわかってもらえないのは、やり方が悪いのかも」と気付くのです。

そこに現れたのが商売の才に長けていたアンドリュー・オールダムです。
「君らをスターにしてみせるぞ」
とアンドリューは言い、彼の戦略によって、ストーンズは成功への道を転がり始めます。

しかし音楽に対して純粋主義のブライアンは、ストーンズを売り込むことだけを考えているアンドリューとは意見が合いませんでした。
再びキースの証言。
「ブライアンはけっしてアンドリューを好きにはならなかった。だけど、アンドリューがほかのどんなやつよりもストーンズにとって助けになってくれる人間だということは、やつにもわかっていたんだ。プロモーションに関するかぎり、アンドリューはまさに的確なタイミングで適切な手を打っていたよ。そしてそれは確実に効果を生んだ。計画を練ってというわけじゃないんだが、だたやつのひらめきのとおりにすべてうまくそうなるんだ。それでアンドリューはうちとけ合った存在ではないまでも必要な人間なんだという事実を、ブライアンもがまんして受け入れざるを得なかったのさ」

なにがなんでもプロとして音楽をやりたくて、精一杯やってきた、でも世間は認めてくれなかった。
自分たちのやり方には何かが足りない、何かが間違っていると思っていたところに現れたのがアンドリューで、確かにアンドリューの打つ手はすべて成功した。

――だから、ブライアンはアンドリューの言う通り、スチュをはずすことにも従ったのではないでしょうか。

今まで自分が正しいと思ってやってきたことが実を結ばなかったのだから、ここは不本意であってもアンドリューの言う通りにすることが正解なのかもしれない、と、ブライアンは自分の選んできた方法が間違っていたのだと、自分の判断力に自信を失っていたのだと思います。
スチュに「君はストーンズの一員だ」と言ったのは、後ろめたさも感じていたブライアンの優しさだと思うのですが、スチュには恨まれるだけの結果になってしまいました。

後にブライアンがクビになった時、キースは、
「スチュをクビにした奴が、真っ先にクビを切られた」
と言っています。本当に言ったのかどうかはわかりませんが。
スチュをクビにしたのは、アンドリューでも、反対もしなかった他のメンバーでもない、ブライアンだということになってしまったようです。

なにがなんでも音楽で成功したかったブライアンがアンドリューに従ったのは間違いだったのでしょうか。
スチュがメンバーのままだったら、ストーンズは売れなかったのでしょうか。

この時のブライアンには、アンドリューに従うことがベストの選択だと思えたのでしょうけれど、私は信頼関係を築けている仲間を切るようなことはしないほうがよかったのではないかと思います。

他人事として考えれば、
「結果的に売れたんだから、よかったじゃん。綺麗事言ってたって、売れなきゃ意味ないし」
と言えるかもしれません。
でもブライアンの身になって、ブライアンにとって何がよかったかと考えれば、ブライアンの選択は間違いだったのではないかと思えるのです。
「あなたが欲しいのは、そういう成功なの? 本当にそれでいいの?」
と問いたいです。

クビにしたとはいっても、その後もスチュはバンドと一緒に行動していたので、バンド内の人間関係は微妙に変わってきたといいます。
それまで仲が良かったブライアンとスチュは当然のごとくギクシャクしてしまったのだと。

しかしルックスのせいでクビにされたスチュはどんなに傷ついたことでしょうか。

その後アンドリューはブライアンよりも先にストーンズから離れていき、ブライアンはずっと、それこそ最期の時まで、アンドリューが始めた商業路線にはなじめないままだったと思います。
そして成功はしたけれど、ブライアンはグループの中でも浮いた存在になって、結局切られることになってしまったのです。


シタール奏者のヨシダダイキチさんが「シタールのほん」の中で次のようなことを書いています。
ヨシダさんはシタール・ター!というグループを組んでいるのですが――
***引用***
まあ、このように、僕はいろいろなアイデアを提案しているのですが、実際の「シタール・ター!」の活動は、やっぱり集団になると揉め事も多く、紆余曲折しています。つい最近、一山越えたのでは(?)というところですが、本音は、こんな音楽的アイデアよりも、まず協調性とか性格の方が、もっと大事だということです。

要するに、そういうことなんだと思います。
スチュはクビになったけど、性格的にメンバーとうまくやっていけたからその後の活動も共にした。
亡くなった時にはメンバー全員が大きなショックを受けたほど慕われていた。

ブライアンがクビになったのは、もちろんドラッグ問題や体調の悪さなどもあったと思いますが、活動を続けていくうちに信頼を失い、メンバーと、特にキースと合わなくなってしまったから切られた。

そう考えると、例え今、アル中で精神的にもボロボロになっていたとしても、ロン・ウッドはクビにはならないでしょう。ロンの方から辞めたいと言えば別でしょうけど。
もしくは、ミックが、というより、キースがロンに愛想を尽かしたらクビかもですね。そんな可能性は低そうですが。

同じグループで活動するということ、
方向性とか、アイディアよりも、まず、性格が合うのかどうか、信頼関係が築けるのかどうかが重要なのかもしれません。能力的なものは前提としてあると思いますが。

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January 10, 2010

イガイガ

”ひとりじゃないよ”と歌う曲が多くなった気がしているのですが、現代人はそれだけ”ひとり”を感じてしまっているということでしょうか。
そういえば、私が以前作った「音たち 言葉たち」の作品の中にも、”ひとりじゃない”という言葉が出てくるものがありました。
GOOD LUCK」(BGM付)




あれもこれもと頭が混乱している日々で、あれもこれもと書きたいことも混乱してしまっているので、とりあえず、少しずつ書いていこうと思います。




知り合いがプロ、セミプロに交じって、ジャズボーカリストとして初ステージを踏むそうです。
すごい!heart04
なんだかんだ私の周りにはキラキラ☆ステキで多彩な方々が多いです。
ぜひ、その輝きに導かれたいものですshine

晴れの舞台を見たい!聴きたい!と思ったものの、その日は予定が入っていて、どうしてもムリ……
「聴きたいー行きたいー」
と駄々をこねてみたら、予定が入っていることを知っているその方は、
「ダメよ、(予定が入ってる方へ)行かなくちゃ」
と諭されてしまいました。

みんくすの路上ライブにも全然間に合わなかったし、んも~。




音楽、というか生演奏から離れていた年末年始でしたが、しばらくiPodすら使わずにいたら、すっかりバッテリーが無くなっていました。
仕事始めにあたり、通勤電車の中で使うつもりで充電しようとしたら、いつも置いてあるところにケーブルがない!
部屋中探しまくるも、見つからず。

そんなわけでiPodなしの日々を数日送っていて、
「音楽が足りないー!」
と思っていたところ、見つかりました! ケーブルが!
いつもは入れない押入れの中に。
たぶん、他のものを片付けた時に無意識に一緒に入れてしまったのでしょう……。
ワタシツカレテルノカモ。




今の世間全体の雰囲気のせいかもしれませんが、周りもピリピリしている気がして、それを受けて気持ちがイガイガしてしまっていました。

そんな中「世界中のアフリカ2010」というイベントに行ってきました。
Africaheikou


世界中のアフリカへ行こう」(岩波書店)という本の出版イベントだったらしいですが、朗読、トークショー、ライブの3部に分かれていて、楽しいイベントでした。
通勤ラッシュの電車内のような混雑で、3時間くらい立ちっぱなしで、頭がボーッとしましたけど。
(会場で本は購入してきました)

朗読を聞いていて、ふと、あまり関係ないことが頭に浮かびました。

小説などのあらすじを説明したときに、その後、その小説を読んだ相手に、
「実際の小説よりも、話を聞いたときのほうが感動した」
って言われること、ありませんか?
私は数回あるんです。
私が話し上手って訳ではないと思いますが、これを音楽に例えると、小説の内容を自分の言葉で伝えるのがライブみたいなもので、小説の本がCDみたいなものかなって。
CDで聴くのもいいけど、やっぱり生のライブにはかなわないでしょ、という感じ。
朗読もいいけれど、自分の言葉で内容を説明してもらう方が、個人的には好きかも。

トークショーではゾマホンさんがおもしろかった!
テレビに出ているときと、変わらないー、熱いー、早口ーdash たまに何言ってるかわからない~
前にゾマホンさんの著書を読んだとき、
「勉強する人っていうのは、どんな環境でもするんだなあ」
って感心したことを思い出しました。
電気がなくて夜になると真っ暗でも、勉強したい人はどうにかして明かりを見つけて、本を読むんです。
反対に、学校に通わせてもらって、勉強部屋を与えられても、しない人はしない。
勉強に関してだけじゃなくても、どんなに忙しくたって、たくさんのことをこなす人はこなすし、どんなに時間があったって、何もやらない人はやらない。

要は、どれだけそのことをやる気があるのか、ということかもしれません。

ライブでは、久しぶりにママドゥさんのコラを聴きました。
前に聴いたときは、うとうとしてしまったのですが、今回は眠くなることなく、気持ちよく音楽に身をゆだねました。
思わず、うるうるっときてしまい、イガイガしていた心が浄化されるような感覚になりました。
音楽はやっぱりいいです。

ちなみに、以前もこの地図使いましたが、国名を追加しました。
この機会にアフリカの国々について、知っていこうと思いまして。

Africa2
小さくて見えないと思いますが、クリックで拡大します。
ゾマホンさんの国、ベナン。
ママドゥさんの国、マリ。

今、立て続けに読んでいる松本仁一さんの著書の中の、
「空はアフリカ色」(朝日新聞社)に、
***引用***
オルドバイ渓谷のあるタンザニアから、隣国ケニアにかけての一帯は、サルから分化して立ち上がった、われわれの祖先の地である。84年6月にはケニア側のバリンゴ湖の近くで、ジンジャンやハビリスより古い、500万年前に存在していたヒトの下顎の骨も発見されている。
と書かれていて、
「えっ、アフリカって人類発祥の地なの!? すべての音楽のルーツはアフリカにあるっていうし、アフリカ、すごい!」
なんて思っていたのですが、トークショーの中でゾマホンさんも「アフリカは人類発祥の地」と話していました。
「日本人はマスコミに操られている、しっかりしろー」
と、過激に、でも愛情を持って話してくれました。考えさせられてしまいましたですよ。
きちんと真実を伝えているジャーナリストの方もいると思いますが、受け手である私たちは与えられるたくさんの情報について、それが真実であるのかそうじゃないのかを見極めることをしなくてはいけないのですね。
それと「世界から見てアジアというと中国。日本は外交が全然ダメ」とも。shock

ママドゥさんが、「日本は時間に厳しすぎ」と話していました。
そこで思い出したのが、前出の松本仁一さんの著書「空はアフリカ色」の”あとがき”に書かれていたこと。
***引用***
アフリカで過ごした日本人から、彼らの文化に嫌悪感をあらわにする言葉を聞いたことが再三ありました。食事のとき指を使う、だからいやだ、といったたぐいのことです。しかしアフリカの人々にしてみれば、棒を二本使って食事をする日本人の方がよっぽどおかしいかもしれません。他方、アフリカの人々のやることをすべて是として受けいれてしまう日本人もいました。アフリカでは約束の時間が守られないことが多いのですが、「そうした、物事にとらわれない自由さがすばらしい」というようなことをいう人々です。多分、効率一本やりの日本社会のアンチテーゼとしてそういう言葉が出てくるのでしょうが、やはり約束ごとは守ってもらわないと困ります。これは相互信頼の問題であり、これがないと彼ら自身、現代の国際社会の中で立ち遅れたままの状態を続けてゆかなければならないでしょう。
私の親しい友人が、こう書いています。「インドで乞食の目のきれいさに感動したという人々を私は疑っている。そこで感動してしまっては、せっかくの異文化への入り口で回れ右をしてしまったようなものだ」(吉村文成『インド同時代』)。
その通りだと思います。日本と違うから何でもいやだでは話にならないし、日本と違うから何でもすばらしいではこれまた話にならない。とにかく私の場合、約束を守らないアフリカ人に腹を立て、手づかみの食事をごちそうしてくれた親切なアフリカ人を好きになりながら、アフリカの計四年半をすごしてきました。

共感します。
約束事を守れないのでは、良い国と国の関係、人間関係は築けないと思います。
そういう人とは一緒に仕事をしたくない、友達にもなりたくない、と同じことだと思います。




さて、最近イガイガしてしまっている心を浄化してくれるのは、この曲。木村カエラさんの「butterfly」。
親友の結婚式のために作ったという、その友達を思うあったかい心が感じられます。
透明感がある歌声に、光り輝く空間の中で天使たちが舞う姿が見えるようです。
しばらくiPodを使えなかった私が、今年初めてiPodに追加した曲です。やさしさに満たされて泣けてきます。

木村カエラ Butterfly アコースティック

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January 04, 2010

2010年

あけましておめでとうございます。
今年もよろしくお願い致します。

Tora
学生時代に描いたトラです。
”ぼくわ とら なんでーす”



年末にあったこと。

入浴剤を買おうと商品を見ていたところ、店員さんが声をかけてきました。
「お客様のイメージだと、絶対この香りがお好きな気がするんですが」
勧められた入浴剤の名前は、
shine「セクシーダイナマイト」shine

はっ?
私のイメージ?
私がshine「セクシーダイナマイト」shineなオンナに見えたのでしょうか。(ありえない)

もしくは、
「これを使って、もっとshine”セクシーダイナマイト”shineなオンナになるように」
というアドバイスだったのでしょうか。(ありえる、かも)

あまり好みの香りではなかったので、それは買わなかったのですが、その入浴剤を使えば、私もshine「セクシーダイナマイト」shineなオンナになれたのかもしれません。(ムリムリ)




20091231
大晦日の月。


2010010104
元日未明は月食が見られるということだったので、早朝4時の月。
月食は確認できず。


20100101
1月1日夜の月。満月fullmoon




いろいろ考えることがあったせいか、年明けは頭痛と共に、という感じでしたが、お墓参りと、初詣三昧しました。
すごく混んでいて、寒い中、2時間近く並んでいて、やっと初詣を終え、朦朧としながら本屋さんに入ったら、お目当ての本は見つけられなかったのですが、こんなDVDを見つけました。
Musicclips
「ローリング・ストーンズ ミュージック・クリップス 1964~1983」。


おっ、ブライアンのいた頃のもある!と思って、定価1890円のが半額以下になっていたので買ってきました。
「サティスファクション」から始まるのですが、1967年となっているのに、たぶん映像はブライアンが亡くなった後のハイド・パークのもので、曲間にブライアンの映像がチラチラと出てくるのですが、ラリッてるブライアンの表情のアップとかです。
ちょっと、扱いが酷すぎじゃないですか……。
でもブライアンはどんなでもカッチョいいですよ。



話は変わりますが、「ジャジューカ・プロジェクト part16~ジャジューカその後を考える~」以来、松本仁一さんの著書を続けて読んでいます。電車の中で思わず涙ぐんでしまったのは、この部分。
「カラシニコフ」(朝日新聞社)
カラシニコフ=AK47とは、旧ソ連軍の設計技師ミハイル・カラシニコフが1947年に開発した自動小銃。
アフリカの特派員として紛争取材に行くと必ずAK47に出会ったそうです。そして途上国で戦闘と暴力が吹き出す時、そこにはたいていAK47があり、AK47で命を失うのは、兵士よりむしろ、女性や子どもなどの非戦闘員が多いのだそうです。
”AK”は、ロシア語の「アフタマート・カラシニコワ」(カラシニコフ自動小銃)の頭文字。
(引用文に出てくるシエラレオネは西アフリカにある国。ギニアの隣です)
**引用**
シエラレオネで多くの元子ども兵に会った。その何人かが人を殺した経験を持っていた。
南部国境の町の難民収容所で会った15歳の少年は、「ああ、おれなんか何人も殺したぜ」とうそぶいた。同席した国連スタッフが肩を抱きしめ、「昔のことは忘れなさい、あんたのせいじゃないんだから」と諭すように繰り返した。少年の目に涙があふれた。
「夜、ベッドに横になると、父さんや母さんのことを思い出して眠れなくなってしまうんだ。毎晩だよ。毎晩なんだよ」
AK47は国だけでなく、子どもたちの夢や将来まで壊してしまった。





……さて、今年最初のブログのラストはこの曲でしめましょう。「Child of the Moon」
ブライアンはジャンピンよりもこの曲をA面にしたかった、という話を前にも書いたような気がします。
ブライアンもお月さまが好きだったのでしょうか。

The Rolling Stones - Child of the Moon

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December 30, 2009

よいお年を☆

2010oshougatu
お正月用にいけたお花です。




たぶん今年の更新ラストになるので、いろいろな話題、次々にいきます。

1月1日未明には日本全国で部分月食が見られるようです!
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20091229-00000553-yom-sci
2010年1月1日は満月です。
月食、見たいけど、早朝4時……。




次の話題。
いよいよ年末が押し迫り、ウィルスバスターを2010にバージョンアップすることに。
去年は中々うまくいかず時間をかけてしまいました。
ウィルスバスター2009のインストール
今年はサクッといくぞ!と始めたのですが、なんと、またトラブル発生!!crying

インストールの操作が終わり、再起動場面までいったので、
「よし! 完了!」
と思ったのですが、何故かウィルスバスターの画面が立ち上がりませんでした。

何故?
アイコンも新しく出来ているのに。
混乱しながらも、今年の私は去年とは違います。すぐにトレンドマイクロのホームページに行き、対処方法を調べました。

「インストール後に起動しないわけだから……」
と思い、最初に試した方法はコレ↓
http://esupport.trendmicro.co.jp/Pages/JP-212112.aspx

しかし解決せず。

考えて、
「インストールは無事に終わったと思っていたけど、そもそもインストールがきちんと出来ていないのでは?」
と思いつき、やはり去年と同じ方法を試したところ↓
http://esupport.trendmicro.co.jp/Pages/JP-2075543.aspx
無事にインストール完了!happy02
しかし、去年ほどではありませんでしたが、インストールに時間をかけてしまいました……。
ま、(去年より)早めに解決したからOKでしょうshine

次の話題、いきます。
お気に入りのサイト巡りをしていたら、紹介されていました↓
ウラ県民性診断

私は東京都出身なのですが、なんと、ウラ県民性も東京都で、つまり、生粋の東京人でした!
東京と言っても山の手と下町では全然違うしな~と思いながら、でもオモテもウラも同じだなんて、
「ブレがない!」
これが、いいのか悪いのかわかりませんが、思わず笑いがこみ上げてしまいました。
すぐにできるので、興味がある方はやってみてくださいね。


同じくサイト巡りをしていたら、ある人が「多くのものを失った」と書いていました。
その人がなにを失ったのかはわからなかったのですが、その文章についてぼんやり考えていたら、
以前、自分が書いた小説の中の登場人物が話していた言葉を思い出しました。

「あのね、失ったものばかり見てしまうのは、もうやめようと思って。
 というか、実は失ったものなんてなにもなかったのかなとも思って。
 人はね、失ったりしないのよ、きっと。失ったと思ってしまったものを見つめ続けるより、得たもの……、というか気付けたものね、それを大切にしていこうかなって」

この登場人物の心境などは敢えて説明しませんが、
失くしてしまうということは、もしかして自分と縁がなかったものなのかもしれないし、
それがもしも、とても大切なものであったのなら、失くしたと思っても、いつまでも心の中に在り続けるのではないかな、と思います。

なんて言いながら、大切な何かを失くしてしまった時は、きっと悲しくて寂しくて、こんな優雅な気持ちになんてなれやしないのでしょうけれど。失くしたのが何なのかにもよりますし。

でも失くして初めて気付くこともあるでしょう。
本当は失くす前から、気付けていればもっといいわけで、
だから、なるべくいつも気付ける心を持っていたいな、とは思っています、これ、一応、ホントに思ってます。

そんなことを考えていて、頭の中に流れてきたメロディーは佐野元春さんの「レインボー・イン・マイ・ソウル」。
♪失くしてしまうたびに 君は強くなる♪

喪失感に満たされるだけではなく、いろいろなことに気付いていきたいです。




一年間、あっという間でしたが、一瞬一瞬は長かったです。おかしな表現かもしれませんが。

ではでは、
今年もありがとうございました。
よいお年をお迎えくださいませ。

レインボー・イン・マイ・ソウル 佐野元春 with The Heartland (Live)

失くしてしまうことは 悲しいことじゃない
輝き続けている いつまでも
There's a rainbow in my soul...

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December 27, 2009

プラス思考≠事実をすりかえる

冬ですね。年末ですね。

慌しい中、以前、ホームページに書いたことを思い出しました。
何故、思い出したかというと、この件についてあらためて考えてしまうことがあったからです。

とりあえず、以前書いたことを、そのまま紹介します。



プラス思考≠事実をすりかえる      2002年11月14日

藤堂志津子さんの「昔の恋人」(集英社文庫)を読んでいる。
藤堂さんの作品を読むのは久しぶり。
一時期、立て続けに読んでいたのですが。
藤堂さんの文章はやわらかくて読みやすいので好き。

さて、この「昔の恋人」は短編集なのですが、そのうちの1つの作品を読んでふと考えてしまったことがあったので、そのことを書きます。

タイトル「浮き世」。
少しだけあらすじを紹介。

主人公の女性(35歳)はバツイチのOL。
「自分はツイている女、ツイている人間」と考えている。
それは自分にふりかかってくる全てのことを「ツイている」と受け止めるように思考のスイッチを固定したからだ。
そんな彼女に兄が言う。


***引用***
「おまえのホラ話を聞いているだけで、おれは虫唾が走る」
「私の言っていることの、どこがホラ話なのよ」
「だから言ったろ。 自分はツイている女、ツイている人間という、その言い方そのものがホラを吹いていると、 おれは言うんだ」
「だから、それの、どこがホラだって言うのよ」
「佐伯との結婚と離婚にしても、おまえは自分の都合のいいホラ話にすりかえてるだろ?
 おれからすれば、おまえは、女たらしの佐伯にダマされて結婚し、二年とたたないうちに亭主が他に女をつくって逃げた。
 これはおれだけじゃなく、おまえたち夫婦を知っている者は、みんなそう見ていることなのに、おまえだけが、自分に都合のいいように話をつくりかえている」

---中略---

兄はバカだった。
過去の出来事を、現実を、そのままいまに引きずって、なんになるというのだろう。
それらのことを、どう受けとめ、解釈し直し、どのようにプラスに転化させるかが、大人になった人間のすることではないか。

***引用終わり***

私もこの後半部分を読んだ時、
「そうよね、プラスに考えていくことはいいことよね。 この主人公が間違っているとは思えない」
って思った。
でも、読みすすめていくうちに、やっぱり違う、何かが違うって気付いた。

「前向きに考えること」と「事実をすりかえて解釈する」のとは違う。
例えば何か失敗をしてしまった時、
「今回は失敗しちゃった……。情けないな……。でも、2度と同じ失敗を繰り返さないように、より頑張っていこう」
と思うのと、自分の失敗を認めずに、
「○○で、××だったから、私は悪くなかったのよ! 私は失敗なんてしていないわ!」
って、自分の都合のいいように理由をくっつけて事実を曲げて解釈するのは違うと思う。
自分は正しかったんだ、って都合のいいように解釈すれば、楽なのかもしれないけれど。

そういえば知り合いにも「都合よく解釈する」という面で、同じような考え方をする人がいる。
彼女の解釈だと、自分が待ち合わせ場所を間違って、相手と中々会えなかったことですら、自分は悪くなかったっていうことになってしまう。

話を聞いた私が「でも、それはあなたが悪かったんじゃない?」って言っても、納得いかないような顔をしている。
私は今まで全てを自分のいいように解釈する彼女のことを「プラス思考」な人だと思っていた。
だけどそう思う一方で、何かが違うような気がしていた。

感じていた違和感が何だったのか、わかった。
そうだったんだ。
「プラス思考」と「事実をすりかえる」こととは違う。
プラス思考をするのに大切なのは、まず事実をそのまましっかりと受け止めること。

うまくいかないことがあった時、つい何かのせいにしたり、自分の都合のいいように事実を作り変えてしまったりすることが私にもあるかもしれない。
うーん、気をつけなくっちゃ!

これって、たぶんとても見抜きにくいのだと思います。
その考え方が、プラス思考で前向きなのか、それとも事実を自分の都合のいいように捻じ曲げて正当化しているだけなのか。

しかし、事実を都合のいいように捻じ曲げている考え方をしている場合、そこに発展はないのです。
自分にとって都合の悪い事実でも、ありのままに受け止めて、悪いところは直していくようにしようとするところから、向上心が生まれるのですから。

この違いに惑わされないように、
そして間違ったモノの捉え方をしないように気をつけていかなくちゃと、これを書いたときも思ったようですが、今回も、しみじみと思ったのでした。

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December 20, 2009

心地いい音、そうじゃない音

クリスマスが近づいてきたので。
クリスマスツリーとお月さまです。
Tree

それと、作ったクリスマスカードをあらためてリンクしておきます。BGM付です。キラキラ星が流れますshine
Christmas Card From MOON VILLAGE(BGM付)


******************



最近、考えてしまったこと。

ストーンズのギタリストはブライアン→ミック・テイラー→ロン・ウッドと変わっていますが、メンバー交代があったことで、ストーンズの音楽が苦手になってしまった人っていないのかなって。

外見的なことじゃなくて、音楽的に、
例えば、ブライアンの奏でる音、音楽的センスに魅力を感じていて、そのブライアンの音があるストーンズの音楽が好きだったのに、ブライアンが抜けてしまい、しかもミック・テイラーの音は何故か苦手で、よって、ストーンズ自体の音が苦手になってしまった、
あるいは、ミック・テイラーの奏でる音が好きだったのに、ミック・テイラーが抜けて、しかもロン・ウッドの音は何故か苦手で、よって、ストーンズ自体の音が苦手になってしまった、という人はいないのでしょうか。

もしもそういうファンがいたとしたら、その人は、とってもショックだっただろうなって思ったのです。
大好きだった音楽が、苦手な音楽に変わってしまったわけですから。


と。
何故、私がこんなことを考えたのかというと、似たような感覚を味わったからです。
ストーンズに関してではないですけど。


かれこれ数ヶ月前、偶然聴いたあるプレイヤーの演奏。
興味のある演奏だったので、期待して聴き始めたのですが、演奏が始まってしばらくして、まず私が感じたのは、
「なーんにも伝わってこないんですけど!」
という、少し苛立ちすら帯びたような感覚でした。

好きな音楽を聴いていると、だんだんその世界に入り込み、心地よくなっていきます。
そして演奏後は「あ~、いい演奏だった。聴いてよかった♪」と幸せな気持ちになります。

でも、このときの演奏からは、その世界に入り込むどころか、本当に、「なーんにも伝わってこなかった」のです。

ソツがない演奏だったとは思います。
「なんだろう、この感じ」
と思いながらも聴き続けていると、少しずつ不快な気分になってきました。
そして演奏が終わったときには、なにか悪いものをたくさんもらってしまったように、身体が重たくなりました。

心地よい音楽を聴いた後は、身体が軽くなります。
このときの演奏は、正反対でした。「聴かなければよかった」と思いました。

不快感の理由もわからず、もう二度とそのプレイヤーの演奏を聴くこともないだろうと思っていたのですが、
ひょんなことから、その演奏に再会してしまいました。
お気に入りの演奏を聴きにいったら、そのプレイヤーの音が混じっていたのです。
つまりお気に入りの音が微妙に苦手な音になってしまったのです。ショックでした。

その時は身構えていたおかげもあってか、それほど悪いものをもらってしまった気持ちにはならなかったのですが、やはり「なにも伝わってこず」「心地いいより、むしろ不快」でした。
そして、あらためて私は思ったのです。
「なんで、この音が苦手なんだろう?」
もしかして気のせいかもしれないし、本当に不快なら、その理由を知りたい、と。

その後、数回、私はそのプレイヤーの演奏を聴きにライブに足を運びました。
演奏自体は、相変わらず、ソツがないと思います。伝わってくるものは何もありませんが。

しかーし!
何故でしょう、何故でしょう。(不思議なので、二回続けて問いかけてみました)
演奏を聴きにいくたびに、具合が悪くなるのです!

頭痛がしたり、風邪をひいたみたいな症状が出たり。
表に出る感覚を自分である程度おさえたら、今度は身体の不調となって出てきたのです。

他の人は、普通に聴いているので、
「自分の感覚がおかしいのではないか?」
などと考えたりしました。
いくらなんでも、これだけ続けて具合が悪くなるのは不思議というか、不気味ですらあります。

調べていたら、私と同じように「不快な音楽」について、考えている方がいました。
ネット上で見つけたのですが、その方はある売れているミュージシャンの音楽を聴くと、何故か不快な気持ちになり、
「多くの人がいいと言っている音楽が不快だなんて、自分の感覚がおかしいのではないか?」
と思い、理由を考えていたようですが、結論は出ていないようでした。

「好きになれたらいいのに」
と思ってきましたが、そう思えば思うほど、苦手度が高くなり、最早考えるのも不快になってきました。
不愉快な気持ちでいるのは、精神的健康のためにもよくないです。

誰がなんて言おうと、好きなものが好きなように、例え多くの人に賞賛されていようと、苦手なものは苦手なのです。
そもそも、今の状況で、私がこの苦手な音を好きになろうとする意味もないです。
私はただの聴き手なのですから。もう聴かないようにすればいいだけのことです。
ただ今までお気に入りだった音に不快な音が混じることで、もう以前のような感動は得られないようになってしまったというのが、悲しいです。

拒絶反応なのかもしれません。
音にのっている何かを感じ取っているのかもしれません。
何かの警告じゃないかとすら思えます。
「近づくな~!」と、動物的勘が働いているのかもしれません。

いえ、もしかして音のほうが私を拒絶しているのかもしれません。
「おまえには聴いてもらいたくない!」なんて。(悲)

なにはともあれ、私は自分の感覚に従おうと思いました。
好きなものは好き、苦手なものは苦手、それでいいのではないかと。
それに、
不快になるとわかっていて、原因究明のために苦手な音をこれ以上聴くことないよね、って思うのです。
変化していくのは仕方がないし、その変化が自分の都合のいいようにはいかないのは多々あるのだというだけのことです。




気分を変えまして。
心地いいブライアンの奏でる音に耳を傾けてみましょう。
アルバム「THEIR SATANIC MAJESTIES REQUEST 」のラストを飾る曲「On With The Show」。
♪On with the show, good health to you!♪
(ショーは続きます、皆様の健康に乾杯!)

クリスマスが近づいた季節にピッタリな曲だと思います。
いろいろな楽器の音が重なっていているのも、いい感じです。
エンディング近くの会話では、女性が「まさかこれをレコーディングしないでしょうね」と言い、ミックが「しないよ」と答えています。

歌詞について触れた後になんなんですが、見つけた映像には歌詞がありません。
私の検索の仕方が悪いのか、歌詞付の映像が見つけられませんでした。
その上、CDで聴くほど、いろいろな音が重なっているのもわからないような。
私のパソコンの問題かもしれませんが。

1分頃から、また2分35秒くらいからのポロンポロンした音が好きなのですが、なんの楽器でしょうか。
ニッキー・ホプキンスのピアノ? それともハープ? 重なっているカリカリした音は?
パソコンからだとピアノの音にしか聴こえないのですが、ブライアンに尋ねてみたいです。
案外お兄ちゃんぶりたがりのブライアンは、優しく教えてくれそうな気がします。

では、心地いい音楽をお楽しみくださいませ♪
ブライアンは主にメロトロン、ブラス担当です。

ON WITH THE SHOW

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