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December 2008

December 30, 2008

「12×5」&”Hear It”

前回のブログが今年最後になりそうだったのですが、やっぱりブライアン関係ブログで締めようと思います。

いろいろ書きたいことがあって、ゴチャゴチャまとまらないのですが、一気に書かないで、少しずつ書けばいいと思いつきました。




今販売されている「レコード・コレクターズ1月号」の表紙にブライアンが載っていたので、即買いしました。

その中の特集「黒っぽさが光る英国ビート名曲・50選」で、小松崎健郎さん(ザ・ローリングストーンズ研究会 Vol.2のゲストだった)がストーンズの「Empty Heart」をあげていました。
”おそらくは、ブライアン・ジョーンズ”在籍時の初期ストーンズ、屈指の名演の一つと言えるだろう”
と。

「Empty Heart」というのは、アルバム「12×5」に収録されているナンカー・フェルジ名義の曲の一曲。
つまりその後の、ジャガー/リチャーズのクレジットの曲とは違って、メンバー5人で作ったんだよという曲。

そこで私は、
「あれ? Empty Heartって、どういう曲だっけ?」
と思ってしまったのです。あまり印象に残っていなかったので。

それでアルバムを出してきて、あらためて聴いてみました。
確かに、黒っぽい!(ような気がする)
単純に感じてしまう歌詞もまた、黒っぽい!(ような気がする)
”気がする”というのは、すみません、実は黒っぽさについて、それほど詳しくないもので;

♪心が虚しい 人生も虚しい
心が虚しいよ 人生も虚しいんだ
泣きたくなるだろ? 泣きたくなるさ

戻ってこいよ そしたら教えてやる
心が虚しい 人生も虚しい
心が虚しいよ 人生も虚しいんだ
死にたくなるだろ? 死にたくなるほど
yeah! yeah! yeah!♪

この曲はアメリカのチェス・スタジオでレコーディングされました。
この時の様子は、「CHICAGO Chess SESSIONS」に書きました。

ブライアンは同じ「12×5」に収録されている曲「2120 South Michigan Avenue」(やはりナンカー・フェルジ名義)がお気に入りだったようです。
インタビューでストーンズの曲の中から一曲、と言われて、この曲をあげているので。
これもチェス・スタジオでレコーディングされましたが(”2120 South Michigan Avenue”は、当時のチェス・スタジオの住所)、マディ・ウォーターズが参加したそうで、そういうことからもブライアンのお気に入りの曲だったのかもしれません。
64年11月リリースのロング・ヴァージョンのラストでは、マディ・ウォーターズのギターが聴けるそうです。
この曲には歌詞がないのですが、ミックもブライアンと共に、ハーモニカで演奏に参加しています。

この2曲のどちらかが聴ける映像を探したのですが、見つかりませんでした。

その代わりというわけでもないのですが、今年のラストは、ブライアンとキースが作ったのではないかと言われている幻の名曲、「Hear it」を聴きましょう。
とてもいい曲です。大好きです^^

Keith Richards Brian Jones Hear it - rare song

ストーンズの初期には、ナンカー・フェルジ名義の曲でブライアンは中心になって曲作りに励んでいたのではないかと思われます。
そんなストーンズを大切に思っていたはずのブライアンが、
「あいつらは俺から音楽を、バンドを、女を奪った」
と言うに至るまでの心境を、これからも考えていきたいと思います。




ではでは、今度こそ、本当に今年ラストです。

良いお年をお迎えくださいませ♪

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ウィルスバスター2009のインストール

本当はもっと他に書こうとしていたことがあったのですが、ウィルスバスター2009のインストールに時間を費やしてしまいましたcrying




2009年を迎えるにあたり、
「そうだ、ウィルスバスター2008から2009にしなくちゃ」
と、まずは会社のパソコンを2009にした。

さくさくと作業は終わり、動作も好調で、帰宅後、自宅のMYパソコンも2008から2009にすることに。

ところが。
会社でやった時には出なかったエラーメッセージが。
”セキュリティ問題があり、インストールできません”(この通りの文章だったか、定かではありませんが)
「次へ」ボタンを押すと、パソコンのウィルス検索が始まった。
”ウィルスは見つかりませんでした。再度インストールをしてください”(この通りの文章だったか、定かではありませんが)
しかし、再度インストールを試みるも、”セキュリティ問題が……”というエラーが出て、同じことの繰り返し。

しかも2008のアンインストール作業までは無事に済んでしまっているため、MYパソコンには2008も2009もインストールされていないという、ウィルスソフトゼロ状態thunder

何度試してみても、同じところでストップしてしまう。
パソコンを使い始めてからずっとウィルスバスターを利用しているけれど、こんなトラブルは初めて。
一体これはどういうことなんだー!

「メーカーのサポートは信用できない、むしろ素人さんの体験の方が役に立つ」と思っている私は、同じような体験をしている人がいるかどうか、そしてその対策は……、と検索してみた。

『他のソフトと相性が悪い場合がある』
ということで、最近インストールしたソフトをアンインストール。
そして2009を再インストール。

しかし結果は同じ。

ならばもう一度、2008のインストールをしようとインストールを試みるも、2009と同じエラーになってしまう。

『一旦2007にしてから、2009にバージョンアップしたら、うまくいった』
ということで、2007のインストールをしようとしたら、
”TM_CFW.sysファイルが見つからない”
というようなメッセージが出て、”TM_CFW.sys”というものをダウンロードして試みるも、
”MDBプロファイルが、ナントカカントカ……”
というエラーが出て、2007のインストールもできず。

気付けば真夜中というより、夜明け近くになっていた。
20桁のシリアルナンバーも暗記して早打ちできるほど、何度も再インストール、再起動を繰り返したけれど、目的は果たせず。

疲れ果てて、就寝。
翌日(というのは今日)、懲りずに2009インストールを試みたけれど、同じエラー。

パソコンばかりに構っていられないので、外出して用事を済ませ、神社に今年最後のお参りをして、帰宅後、思いついて、ウィルスバスターのサポートで”2009がインストールできない場合の対策”を検索してみた。

『ウイルスバスター2009のインストールが途中で停止し、応答がなくなる、もしくはロールバックする』
おおっ、これこそ、今回のパターン!
そして、説明されている手順の通りに、レジストリ権限付与ツールをダウンロードし、実行後、”レジストリの修復が完了しました”というメッセージが出たのを確認してから、2009をインストール。

なんと!
なんと!
なんと!
なんの問題もなく、スルスルとインストールが完了しました!

ということは、MYパソコンのレジストリが壊れていたということなのでしょうか?
レジストリって?
……難しいことはわかりません。

とりあえず、年を越す前にバージョンアップが完了してよかったです^^

あ、もしかして神社にお参りしたのがよかったとか?
ついてないことがあると、
「これで厄落としできたかも」
などと思ってしまう、ある意味おめでたい私。
年末に厄落としができたことも、よかったです^^。(これが厄落としになっているのであれば)

私が参考にしたURLは↓です。
http://esupport.trendmicro.co.jp/supportjp/viewxml.do?ContentID=JP-2064277&id=JP-2064277

トレンドマイクロさん、最初から信用してなくてごめんなさい。
お陰さまで、安心してパソコンが使えるようになりましたnote

今年、まだ更新できるかわからないので、年末のご挨拶をしておきます。
今年一年、ありがとうございました。
また来年もよろしくお願い致します。
良いお年をお迎えくださいませ♪


お正月用にいけた花です。
2009shougatsu

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December 28, 2008

ライブ♪

寒い、寒すぎる(>_<)!!
寒いのは苦手なので、行動力も鈍り、行く予定にしていたイベントのいくつかに行くのをやめてしまった。
行きたかったなあという気持ちもあるのですが、誰に迷惑をかけたわけでもないので、これはこれでOKということにしましょう。




そんな中、これは予定通りの、MINXZONEのライブに行く♪
前回は時間に遅れ、半分くらいしか聴けなかったけれど、今回は出番にばっちり間に合った。
しかし会場に入った途端、びっくり。
満員電車かと思うくらいの、ぎっしりの人、人、人……
入り口付近から動けず、まだ前の出番のバンドが演奏していたので、そのままそこで演奏を聴きつつ、待機。

そしていよいよMINXZONEの出番だーー♪
場所を移動し、少しステージに近づけたものの、人、人、人、で、やはりステージはあまり見えず。
でも演奏が始まった途端、ドキューンときた!

この”ドキューン”は、説明するなら、沈んでた心を鷲づかみにされ、ぶんぶん揺さぶられながら、
「大丈夫! 大丈夫だから、がんばれ!」
って(愛ある)励ましを受けてるような感じ。
かたく閉ざしていた心が、揺さぶられることによって息吹を取り戻し、潤ってきて、
”うん、がんばれそうだよ!”
って気持ちが湧き上がってきて、いつの間にか、涙うるうるの、いつものパターン。
今回も、瞬きパタパタして、涙を乾かしました^^;

以前、このブログで触れた「くらげタイプ??」と、
このブログで触れた「ビニール傘−それぞれの雨のち晴れ−」も演奏してくれました。
やはり生演奏はいい! CDで聴くのとは大違いの迫力と感動。

この感動を直接メンバーに伝えたい、そして”良いお年を”と声をかけたい!と思っていたのに、今回は直接話せる機会に恵まれず……
残念でしたが、またの機会に、ということで。



だけど、私は思いました。
こんなふうに私は、過ごしていく日々の中で、形はなくても、大きなかけがえのないプレゼントをもらっている。
それは本当に、愛あふれる、ものすごく幸せなことなんだなあって。
今回もあふれるほどの感謝の気持ちを捧げます……☆

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December 23, 2008

Merry Christmas☆〝

ブライアン関係の話題とは違うことを書こうと思っていたのに、電車の中で聴いた「Don't Lie To Me 」がすごくカッコよかったので、この曲に触れようと思いました。


何がカッコいいかって、イアン・スチュアートのピアノです。
↓ではイントロがないですが、CDだとイントロからピアノがものすごっくカッコいいのです。

Rolling Stones - Don't Lie To Me (Live in the USA)

イアン・スチュアートは1938年7月18日生まれ。そして1985年12月12日に47歳で亡くなっています。

ん?
ちょっと過ぎてしまいましたが、この前命日だったんですね。

というわけで急遽、クリスマス気分でいけた花をスチュに捧げたいと思います。
キースの誕生日の方が近い(12月18日)けど、ここはスチュに捧げます。
ご冥福をお祈りします。
2008xmas


(さり気なくいるトナカイさんがいい感じ?^^)


あー、そういえばキースとブライアンのブログも途中のままでした!
考えていたら、だんだん混乱してきまして……;
でも書きます。少しずつでも書きます。

「Don't Lie To Me」の映像を見つけようとしていたら、ブライアンの映像も見つけました。

Shine A Light On Brian Jones

「Shine A Light On Brian Jones」、このタイトルが気に入りました。
公開中の映画「Shine A Light」では、ブライアンには触れていないですが、この映像ではブライアンが主役。

以前、私はブライアンが着ていたアメリカ国旗のシャツのことを、ブライアンのファッションセンス的に、あれはどうなんでしょう、というようなことを書いたのですが、あらためてブライアンのアメリカ国旗シャツ姿を見ながら、思いました。
ブライアンはブルース発祥の地、アメリカをとても好きだったと思います。
ドラッグ問題(と健康の問題)で「ツアーに出られない」のが、ストーンズを脱退させられた理由のひとつでしたが、ブライアンの本音は、
「アメリカ大好きだよー! 行きたいよー! 行かせろー!」
という感じだったのではないでしょうか。
シャツは、その気持ちの表れだったのではないかと。
控えめなブライアンなりの、強いアピール。



そんなこんなで。
寒いですが、心穏やかな時をお過ごしくださいませ。
Merry Christmas☆
Christmas Card From MOON VILLAGE(BGM付)

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December 21, 2008

ジャジューカ・プロジェクト part6

ミックが出演している映画「フリージャック」を(レンタルで)観ました。
18年後にタイムスリップして2009年に飛ぶという設定なのですが、2009年を目前にした今、この映画を観たのって、ある意味タイムリー。
「ネッド・ケリー」も「パフォーマンス」も以前(レンタルで)観ましたが……。
一生懸命演じているのはわかるのですが、ミックはやっぱりミック以外の何者でもないという感じです。
ミック・ジャガーとしての個性が強すぎるのでしょうね。
「フリージャック」のミックは悪党顔した、ちょい善人、みたいな感じでおもしろかったですけど( ̄▽ ̄)


****************



ジャジューカ・プロジェクトについて情報、またはアドバイス下さっている方々……、ありがとうございます。
ホント、本当に感謝しています。
心強いです。



さて、ジャジューカを日本に呼ぶためなどと言いながら、自分だけが楽しんでいるようなことをしていましたが、それが、少しずつ、少しずつ、ジャジューカ来日の夢に近付いてきたように思えることがありました。

もっと民族音楽についても知るべき、と思った私は、いくつかの民族音楽系ライブに足を運びましたが、中でも感動したミュージシャンに、「とても感動しました。またぜひ行きたい」というようなメッセージを送りました。
そしてそこに「実は私にはモロッコのミュージシャンに来日してもらいたい」という夢があり……」と書き加えたところ、お返事を頂き、なんとその方はジャジューカに大変興味があり、実現はしなかったものの、以前ジャジューカが来日するという話があったときに、一緒に演奏する予定だったとのこと。

ここで、全く知らなかった驚きの事実!
なんと、過去にジャジューカ来日の企画があった!?

その方は、こういうところに相談してみては?といくつかの名前を出してくださり、自分自身もいろいろあたってくださるとのことでした。

素晴らしい!
だって私は思っていたのです。
もしもジャジューカ来日が実現するとしても、単独ライブより、他のミュージシャンとの共演の方が、いろいろな面から見てもいいだろうと思ったし、またステージも、より質の高いものになるだろうって。
なので、日本に共演が実現しそうなミュージシャンがいるなんて、なんて、なんて素晴らしいことなのでしょう!と思ったのです。

ああ~、ジャジューカ来日が近付いてきたかも……っ、と私はわくわくしていました。

が、そこに衝撃の事実が!
問い合わせをしていた方からのお返事の中の情報。
「某プロモーターが、ジャジューカとタルヴィン・シンの日本での公演を企画していた。チケットも売り出していたにも関わらず、彼らはドタキャンした」

な、なんですって!?
ドタキャン!?
”日本にぜひ行きたい”と乗り気の返事をくれたのに、ドタキャンした過去があるとは!?
彼らの仕事に対する姿勢は、そんなルーズなものなの!?

大変ショックを受け、同時に大変不安になりました。
だって、もしそれが事実なら、ジャジューカを迎える準備が整ったとしても、またドタキャンされてしまうのでは……。

これが事実なのか、またドタキャンの理由がなんだったのか知りたいです。
いろいろ問い合わせたり調べたりしているのですが……。

ちなみにタルヴィン・シンとジャジューカは↓のアルバムを一緒に作っています。
The Master Musicians of Jajouka Featuring Bachir Attar
Jajouka

タルヴィン・シンの音楽も興味深いです。
日本に来る予定もあるみたいなので、要チェック!





少し希望が見えてきたと思ったのにガックリですが、気を取り直して、ジャジューカが参加した映画音楽の紹介をします。

「The Cell」
2000年アメリカ映画
ジェニファー・ロペス、ヴィンス・ヴォーン、ヴィンセント・ドノフリオ
ターセム・シン(監督)
ハワード・ショア(音楽)
Cell

★あらすじ★
若き心理学者キャサリン・ディーンは、最先端の技術を使って、脳に障害を持つ患者の精神世界に入り込む治療法を試みていた。一方若い女性を残虐に殺す連続以上殺人犯を追っていたFBI捜査官ピーター・ノヴァックは、昏睡状態の犯人カール・スターガーの身柄を確保した。新たに誘拐され、行方のわからなくなっている被害者はどこかに監禁されているはずだ。だがその場所は犯人だけしか知らない。捜査陣から協力を求められたキャサリンは、異常殺人犯の潜在意識に入っていく。

冒頭からジャジューカらしき音楽が聞こえてきます。
監督は特に映像にこだわったようで、映像はとにかく素晴らしい。
DVDではなく、大きいスクリーンで観たかったです。

★音楽のハワード・ショアのコメント★
「モロッコの民族音楽ジャジューカと、ロンドン・フィルによる西洋音楽の融合を試みた。
ジャジューカを取り入れ、非西洋的なアフリカ音楽にしたかったんだ。
モロッコ音楽と西洋音楽が一体となり、ほかでは聴くことのできない曲に仕上がった。」

「この映画の編曲にあたっては、意識的に多国籍の音楽にしようとした。
アフリカや東インドの楽器をはじめとして、日本の楽器も使ったよ。
”モノコード”も使ってみた。
これはピタゴラスも使っていた1弦の楽器だ。
アフリカの”ネイ”という笛も使った。
ターセムはフラメンコに興味があったから、たまにフラメンコ風な音楽も聴こえてくるはず。
取り入れたら曲がとてもよくなったと思う。」

この映画で使われた曲は、先にあげたタルヴィン・シンとのアルバムにも収録されています。


ジャジューカのことを知れば知るほど、いろいろな形で活動していることに驚かされます。
今更あらためて気付くなという感じですが、彼らの音楽はモロッコのジャジューカ村から広い世界に飛び出して、型にはまらない新しい音楽を作り出しているのですね。




ところで先日のお昼休みにテレビを観ていたら、某「笑っていいとも!」で、一瞬客席にいた楽器を持ったモロッコ人が映りました。
民族衣装らしきものを着ていて、
「ジャジューカ!? いや、ジャジューカじゃなくても、モロッコからミュージシャンが来てる!?」
と、気になって仕方なかった私は、思わず問い合わせ電話をしてみました。
結果、
「プロではない、一般の方です」
との回答。
え? じゃあ、あの格好は? コスプレ??
イマイチ納得いかないような、納得するしかないような気持ちになりましたが、ふと興奮している自分に対して、私「ジャジューカ、ジャジューカ」ってうるさすぎじゃないかと思ってしまいました。
ストーンズのデビュー前、夢中になっていたブライアンについてミックが、
「情熱も、一定の範囲を超えると強迫観念になるんだな」
と発言していた、と前に紹介しましたが、私もちょっと冷静になるべきなのかもしれません。
それほど熱くなっているつもりはなかったのですが。




クリスマスが近付いてきました。
前にも紹介して、しつこいですが、よろしかったらクリスマスカード(BGM付)をどうぞ♪
Christmas Card From MOON VILLAGE

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December 14, 2008

「パティ・ボイド自伝/ワンダフル・トゥデイ」

師走だからなのかなんなのか、寒いし慌しいし、少しも頭がクリアになりません。(いつもそれほどクリアじゃないけど)

本題の前に、いくつか。

その1
歩いて10分弱の美容院の予約の30分前には家を出たはずなのに、歩きながら時計を見ると、まだ美容院のずっと手前なのに、予約時間の2分前でした。
いくら数字に弱いとはいえ、これは一体どういうことなのでしょうか。酷すぎでしょう私sweat02
そこからダッシュして、着く頃にはヨレヨレ気味でした。

その2
久しぶりにお気に入りバンドの演奏を聴きにライブハウスに行ったら、出番が早くて、もう始まっていて、半分以上聴けませんでした。weep
その上、慌てていたせいか、ドリンク券もなくすしweep
でも半分以上聴けなくても、感動したし、元気をもらったし、それにメンバーとも少し話せたからよかったnote


次にストーンズ絡みの、いくつか。

その1
”ロックンロール・サーカス”収録から、ちょうど40年経ったそうです。
記録によると、ロックンロール・サーカスの収録は1968年12月10日~12日。

その2
先日TV東京の「なんでも鑑定団」で、ストーンズの幻の来日チケット(というかパンフ)の鑑定をやっていました。
えーと、確か60何万かだったような。
観ていたのに、よく覚えていないのってなんなんだ、って感じですが、たまたまアンガールズがゲストだったのも嬉しかったし、それにストーンズの今までの活躍を紹介するビデオの中で、ブライアンを”ストーンズのリーダー”と言ってくれたのも嬉しくて浮かれてしまっていたのでした^^
いいぞ~、TV東京!happy02

その3
今、1989年12月19日のAtlantic city, Convention centerでのストーンズのライブDVDを観ています。
「Continental Drift」で始まるってことで、興味を持ったのですが。
「Ruby Tuesday」では、ブライアンがいないのに、ブライアンのリコーダーの音が聞こえるような気持ちになりました。
その上、今回のブログで名前が出てくるエリック・クラプトンが出ているではないですか!
しかもブライアンのスライドが素晴らしかった「Little Red Rooster」の演奏をしているっ!
この後、私はエリック・クラプトンについて否定的なことを少し書いてしまいますが、ギターの音を聴くと、音楽的には彼は素晴らしいと思いました。



**********************



さて、本題に入ると思いきや、もう少しちょっとだけ。
パティ・ボイドの本の話題なのに、カテゴリはブライアン。
ブライアンにも触れるから、このままでいいのだ。
いろいろ検索をしていたら、ストーンズメンバーとパティ・ボイドが一緒に撮ったとっても魅力的な写真を見つけたのですが、人様のブログの写真を勝手に借りるわけにはいかないので、申し訳ないですが、気になる方は探してみてくださいませ。特にブライアン、やるぅ~!って感じの写真です。


さてさて、ホントに本題。
「パティ・ボイド自伝/ワンダフル・トゥデイ」(パティ・ボイド、ペニー・ジュノー著)を読んだ。

パティ・ボイドのことは、ブライアンからビートルズ、そしてジョージ・ハリスンと結婚した女性というつながりで知っていたけれど、私がこの本を読んでみたいと強く思った理由は他にある。

ブライアンのことを書いているうちに、私はなんとなく(いえ、もしかしてこれは見当はずれな思い込みなのかもしれませんが)、当時ブライアンの近くにいた人たちについて、
「あ、この人はブライアンが仲良くなれそうなタイプ」
というのが、ピンとくるようになったのだ。

これって自分のことに置き換えてみると、わかりやすい。
例えば、学校で、職場で、プライベートな集まりで、何人かのメンバーと一緒になった時、
「この人とは仲良くなれそう」
っていうのって、ピンときたりしません?
反対に、
「この人とは、あんまり親しくなれなそう」
って思ってしまうこともあるし。
別にそこにいる人たちを識別しているつもりはなくても、自然にピンときてしまうことってありますよね?

それと似たような感じで、ブライアンが接していた人たちについても、私はなんとなくピンとくるようになった。
たぶん多くのブライアンファンの方たちも同じなのではないでしょうか。

例えば、ブライアンが一緒に活動するメンバーとして、ミックやキースを選んだのはわかるような気がする。
何故、どういうところが、と聞かれると、感覚的なものなので上手く説明できないのですが、なんとなくわかるような気がするのだ。

それと、ビートルズのメンバーだったら、ポールよりもジョンやジョージと仲良かったというのもわかるような気がするし、ジミ・ヘンドリックスと仲が良かったのもわかるように思う。

そこで、なのですが。

パティ・ボイドの二度目の旦那様となるエリック・クラプトン――、ブライアンと同じような時期に同じような場所で演奏していたはずなのに、一緒にやろうって話にはならなかったのかなって、ちょっと思ったことがあったのだ。
が、ドキュメンタリーでエリック・クラプトンが話している映像を観ていて、これもまた”なんとなく”ピンときた。
”エリック・クラプトンとブライアンは親しくなれなかっただろうな”
って。

別にどっちが悪いとかではない。
どういうところが合わなかったと、具体的にあげられるわけでもない。
そして別に嫌い合っていたわけでもないと思う。
ただ、それほど親しくはなかっただろうな、と思ってしまった、これは理屈ではなくて、直感みたいなもの。


ちょっと前に読んだ「エリック・クラプトン自伝」では、ブライアンのことについては殆ど触れていなかった。
単に名前が出てくる程度で、
「やっぱりそれほど親しくもない知り合いって感じだったのかな」
と思った。

で、その「エリック・クラプトン自伝」を読んで、これもなんとなく、
「パティ・ボイドは辛かっただろうな」
って思ったのだ。
悪口が書かれているわけではないのですが、女性として、エリック・クラプトンの心情に共感するよりも、パティ・ボイドに共感する部分の方が大きかった。

そういう流れで、「パティ・ボイド自伝」を読んだ。

パティ・ボイドは長い間、本を書くことを断り続けてきたが、自分の経験を明かすことが、同じような人生を歩み、まだ強くなれずにいる人たちのためになるのではないかということで、語るときがきたと思ったそうだ。
そして、この本は他の人の記憶とは違っているかもしれないが、パティ・ボイドにとっては真実の物語であると語っている。


パティ・ボイドは1944年3月17日に生まれた。
4歳から一家でアフリカに移住。
その後、両親の離婚、そして母親の再婚などを経験する。
17歳からモデルの仕事を始め、1964年に映画の撮影でビートルズに出会い、ジョージ・ハリスンから誘われ交際が始まる。
1966年1月21日に結婚。

その時の様子がコチラ↓
George Harrison & Pattie Boyd - Wedding Footage 1966

まー、なんてお似合いの二人なのでしょう!
二人とも可愛い!
それにものすごく愛し合ってるのが伝わってくる~ひゅ~heart04


幸せだった二人の生活、しかしその結婚も1974年には破綻してしまう。
ジョージが宗教にのめりこんでいた、またジョージの女性関係などが原因とされている。
7月3日にパティはジョージに、「別れるつもりだ」と告げる。
ジョージがベッドに来たとき、傍らに横たわる彼の悲しみが痛いほど伝わってきた。
「行くなよ」
とジョージは言うが、我慢の限界だったパティは、
「行くわ」
と言って、翌日アメリカへと旅立った。

しかし、パティは本の中で何度も書いている。
”ジョージと別れるべきではなかった”
と。
エリック・クラプトンとは遊び仲間だったが、ジョージとは魂がつながっていたのに、と。

この後、パティはずっと熱烈なラブレターを送り続けてきていたエリック・クラプトンと再婚する。
ジョージに抱いていたのは大きくて深い愛情だったが、エリック・クラプトンとの間には熱に浮かされたような激しい情熱があった。
ところがエリック・クラプトンとの夫婦生活も少しずつ悪化し、破綻してしまう。
最初は優しかったクラプトンは、酒癖が悪く、アルコール中毒にもなっていて、子供が出来ないパティをよそに、他の女性と子供をもうけていた。
パティは傷つき、夫婦仲は最悪になり、ついにクラプトンは酔っ払って、パティに「出て行け」と怒鳴った。

一人になり、自分が一体何者なのかわからなくなったパティは、昔の友達との交流を温め直しながら、自尊心を取り戻すことに努めた。
長い間、スターの妻だったので、日常の実務手続きについてもなにも知らなかった。
仕事を得るため、学校に通い、今では写真家として個展を開き、スターの妻としてではなく、パティ・ボイドとして認められるようになった。


2001年11月30日、ジョージは亡くなった。
ジョージとの仲は、兄妹のようになっていた。
別れてからも、
「もしもうまく行かなかったらいつでも自分のところに来ればいい、面倒をみよう」
と言ってくれていたジョージの死は、耐え難いものだった。
パティは告別式にも、一年後にエリック・クランプトンが主催したメモリアル・コンサートにも行けなかった。

パティはジョージとの結婚生活を続けられなかったことは悔いているが、しかしエリック・クラプトンと会わなかったら、あの情熱を知ることはなかっただろうと語っている。
ジョージはパティのために「サムシング」を書いた。これはソロになって初めてのシングルになった曲。
またエリック・クラプトンはパティのために「レイラ」「ワンダフル・トゥナイト」を書いた。

※引用※
今は、もたれかかる人がいなくても、自分が倒れない自信もある。もちろん完璧な男性が現れたら、明日にでも手に入れようとするだろうが、私は一人でも生きていける。それに、いろいろな意味で、これまでのどんな時期よりも自分の人生に満足している。とても良い友人が大勢いるからだ。





本を読み終えて、パティ・ボイドはなんてつかみどころのない人なんだろう、と思った。
いわゆる女の嫌らしさのようなものは、まるで感じられない。
頼りないようでいて、長女らしい、しっかり者のところもある。(パティ・ボイドは6人兄弟の長女)
辛い経験もしていて、傷ついていないわけではないのに、芯から打ちひしがれてもいないような逞しさを感じる。
例えば、落ち込んでいるのだろうと思って慰めようとすると、とっくに立ち直ってのほほんとしているようなイメージがある。

付き合っている男性には尽くす可愛らしさがある。
放っておけない可憐な雰囲気を持ちながら、実は結構強い。
自らを”依存傾向が低いタチ”だと言っているし。

魚座だからというのではないかもしれないけれど、”水のような人”なのかもしれない。
環境に合わせて、いろいろな形に変わる。(つまり順応力がある)
濁ることもあるけれど、自浄作用が働く。
いざとなれば、岩をも削る強さがある。


「エリック・クラプトン自伝」を読んだときに感じたパティ・ボイドに共感する気持ちは更に強くなった。
これは私の女性としての意見で、男性には男性の言い分があるのでしょうが、そもそも親友であったジョージ・ハリスンの奥さんだったパティ・ボイドを好きになったからって、その気持ちを隠そうともせず、愛を綴った手紙を送り続け、念願叶ってパティ・ボイドが自分の元にきてくれたのに、彼女を幸せにすることもできないって、男としてどうなのよ、って思ってしまう。
ジョージと別れることを選んだのはパティかもしれないけれど、エリック・クラプトンには男としての責任があるでしょう?

ブライアンとキースの間にもアニタのことでゴタゴタがありましたが、キースはそれなりに男の責任を果たしたと思う。



でも、なんだかんだ言っても、パティ・ボイドは(この本が出版された頃は)落ち着いた日々を過ごしているようだ。
それが何より喜ばしいことだと思うし、やっぱり女性は強い、などと感心もしてしまう。
※引用※
私たちの世代はまさに一つの革命を起こした。十代で服従することを拒否した私たちは、今でも、反逆の精神を忘れていない。今でも型破りで、人生が与えてくれるものを全部楽しみ、若さを保つためのものは何でもやっている。いつかは落ち着くのかもしれないが、そんなに焦らないでいただきたい。

”生き残り”という言われ方をマリアンヌ(フェイスフル)は嫌っていたようですが、パティ・ボイドは”生き残った”ことを幸運だと言っている。
生き残りの秘訣は、順応力と逞しさ、といったところでしょうか。

パティ・ボイドのホームページはコチラです。
パティ・ボイドって、写真によって別人のように見えるから不思議。
以前、コメントで教えて頂いたのですが、写真の中にはマリアンヌとアニタのツーショットもあります。




(うわ~、観ているライブDVDで「paint it black」が始まった~。ブライアンがシタールを弾く姿が脳裏に浮かびます。そして続けて「2000 light years from home」ですって! ブライアンのメロトロンが、うわ~、うわ~っ
そして続けて「sympathy for the devil」! フッ、フーnotes そして続けて……、うわ~、もうこのライブ最強っ)

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December 08, 2008

「SHINE A LIGHT」

ザ・ローリング・ストーンズ「SHINE A LIGHT」(監督:マーティン・スコセッシ)を観た。

アドバイスに従い、早めに整理券をゲット、そして観やすいはずの席に座ったはずが、前に座る人の頭で冒頭の会話部分の字幕が見えず……;

これから映画を観にいく方、座る位置(または前の人の座高)には要注意です。
ライブ映像になってしまえば、字幕はなくなるので関係ないのですが。

大スペクタルよりも、より小さく親密な場所で撮ることで伝説のロック・バンドの新たな一面を紹介できるというので選ばれたのが、収容人数わずか2800席のNYのビーコン・シアター。
バンドと監督、バンドと観客の距離を縮め、文字通り、ストーンズの原点ともいえるステージ上のバンドに”光を当てた(シャイン・ア・ライト)”。
撮影は2006年10月29日、11月1日。

観る前から、絶対映画館の大きなスクリーンで観るべき映画だという意見を多く見かけましたが、実際に観ると、本当にその通りです。
これは、絶対に、絶対に、大きなスクリーンで観たほうがいい!と断言できます。
満員状態だった観客全員が静かに観ていたのが不思議なくらいで、思わず拍手してしまいたくなるような興奮でした。
”観客は特等席でストーンズの演奏を聴いている気分になる”
正に、これがこの映画の狙いだったようです。


”感動はするけど、泣くような映画ではない”
と聞いていたのですが、思わず泣きそうになったのは私だけでしょうか。
ブライアンファンである私は、どうしてもブライアンを意識しながら観てしまうのですが、最初の「Jumpin' Jack Flash」が始まった途端、うるるるるる、ときてしまいました。

どうして、うるるるるるときたかというと、言葉にすると、そうですね(なに関係ないこと考えてんだ、と言われそうですが)、
ブライアンが創ったバンドが、こんなに多くの人を幸せにし続けてるよ。ライブに行った人だけじゃなくて、こうしてスクリーンを通してだって、多くの人にパワーを与え続けてるよ。
……って感じでしょうか。


スコセッシが大のストーンズ好きなのが伝わってきます。
そして、ライブ映像の間に、いい感じで若かりし頃のメンバーのインタヴューが入るのも効果的です。
人それぞれ意見はあるでしょうけれど、ライブ映像の連続では飽きてしまうかもしれない合間に、流れに合ったインタヴューを入れる演出は、さすがスコセッシという感じです。
”長く続ける秘訣”みたいなことも語っていて、これは聞き逃してはいけない。ほんの一言ですが。

この映画を観ていたら、(失礼ながら)ミックがどんなに女遍歴を重ねても、どんなにキースの目の下のアイラインが濃すぎても、チャーリーが演奏後にため息をついていても、ロンが若いコに走ろうとも、好き勝手にやってください、という気持ちになりました。
つまりそれくらい、みんな素晴らしいから、固いことは言いっこなしね、みたいな。

ほぼ60年代のストーンズしか知らない私でも、充分楽しめる映画でした。
特に共演したクリスティーナ・アギレラの迫力ある歌唱力などは必見!というか必聴!です。

キースがソロで歌うのも、ちゃんと観たのは初めてで、
「キースの歌声いい!」
と聴き入りながら、多量のタバコとお酒は歌声には関係ないのかしら、と思ったり。

多くの観客の方々はこの映画を観て「よし、自分もがんばろう!」って思えるのではないでしょうか。
それくらいパワフルな映画です。
でも決して押し付けがましくはない、それがまたいい。


ただ、ひとつだけ言わせてもらうならば、最後の、御伽噺のような映像、あれはどうなのかなって思いました。
現実から、突然架空の世界の話になってしまうような気がして。
私は、ライブ終わって、いきなり画面が黒くなってクレジットが流れて……、でもよかったような気がしているのですが。
映画界の巨匠に私が意見できる立場ではないですけれど、まあ、私なりの感想ということで。






最後に、ブライアンのファンとして、ブライアンについてのコメントを。
2003年のインタビューでミックは、”ブライアンはショービジネスには全く向いていなかった”と語っています。
そして、『ブライアンはバンドにどんな貢献をしたか』という質問に対して、
「そうだな、最初の頃はものすごく貢献してたよ。奴は取り憑かれてたからね――そしてこれは、バンドをやってる人間にとっては常に重要なことなんだ。バンドの運営、バンドの個性、バンドのあるべき姿に取り憑かれてたんだ。俺には異常にすら思えたよ。情熱も、一定の範囲を超えると強迫観念になるんだな」
などと答えています。
あまりブライアンに対して、いいコメントとは言えないのですが、ブライアンが異常な執念を持ってバンドを始めたからこそ、ストーンズは転がり始めたわけで、それが現在にもつながる活躍になっているのだと思います。

↓これはブライアンを意識しながら観ていた私の勝手な想像(妄想)です。

”始める”ことも大変だけど、”続ける”ことはもっと大変で、ブライアンはもしかして、
「俺は”始めた”けど、続けられなかった。バンドだけじゃなくて生き続けることもできなかった。だから現在のストーンズの活躍には、俺は全く関係ない」
なんて言うかもしれません。
でも、もしも誰も認めてないとしても、少なくとも私は認めたい、
「ブライアン、あなたの選んだメンバーはみんな素晴らしい。ブライアンが創ったバンドは、まだまだ元気に転がり続けるよ」
って。

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