「受けとめる」歩んでいく日々のために。
否定からは何の肯定も生まれてこない。
肯定的になるために。
理不尽な状況に置かれていると感じてしまう場合。
まずは考える。
自分に非があり改めるべき点があるのであれば、改めるようにしていく。
次にオープンマインド。
ひとりで抱え込まず、(信頼できる人に)「自分は悩んでいる」と伝えてみる。
それでも事態は堂々巡り、解決しない場合。
どうしてこんな状況になってしまったのか理解できない場合は、ただその状況を受けとめる。ひたすら静かな心で。
「なんで?」「どうして?」と心に問い続けることは、
自分を責めることにつながったり、
周りの人たちを責めてしまうことにつながったりと、
結果的に心を負の方向に追い詰めてしまう。
無意味な体験などないはずで、
負の感情に支配されずその事柄の意味に気付くために、
まずは、ただ受けとめる、静かな心で。
人間関係において理不尽な状況に置かれていると感じている場合。
自分に非があり改めるべき点があるのであれば、改めるようにしていく。
また相手を変えることは難しくても、自分の相手に対する対応を変えていくことはできる。
自分の常識が相手の常識とは一致しないこともある。
自分が変われば相手も変わる。
できれば相手の中に共感できる部分を見つけて、その部分で折り合っていく。
それなりの距離感を保つ。
どうしても理解しあえなければ、理解しあえない部分で向き合っていても否定的な感情しか生まれてこないので、
そして理解できない部分から争いを生み出す必要もないので、
ただ静かな心で、置かれている状況を受けとめる。
相手の理不尽な言動は相手の事情であり、自分の事情ではない。
理不尽な状況を受けとめることで、神経がすり減ってしまうかもしれない。
しかし、すり減っているのは、過剰なプライドであったり過剰な自己防衛であったりという不要なものかもしれない。失ってもいいものかもしれない。
無理に納得しようとする必要はない。
無理に前向きになろうとする必要はない。
とりあえず、ただ受けとめる。
すると、自然に答えが見えてくる。どうするべきか、どう考えていくべきか、歩んでいく道も見えてくる。
自然に問題が解決している場合もあるだろうし、
実は問題でもなかったと気付くこともあるだろうし、
やはり対処しなければならない問題ならば、その対処方法が、
負の感情に支配されない対処方法が見えてくる。
そのために、
否定的ではなく肯定的になるために、
とりあえず、ただ受けとめる、静かな心で。
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