ジンバブエへの旅

ジンバブエへの旅(ブライアン・ジョーンズがローリング・ストーンズにいた証拠だってないですよ!)

ジンバブエへの旅(帰国まで)」の続きです。
今回の旅のご報告、最終回です。


前回のブログで書いたヨハネスブルグ空港で読んでいた本は、「グラスホッパー」(伊坂幸太郎著、角川文庫)。

少し前にDVDで「重力ピエロ」という映画を観ておもしろかったので、原作者の伊坂幸太郎さんの本を読んでみたくなったのだ。
伊坂さんの著書を調べていたら、ブライアン・ジョーンズの名前が出てくる小説を発見した。
それが「グラスホッパー」。

殺し屋が出てくるような内容で、ブライアンの名前が出てこなかったら、読んでみようとは思わなかっただろう。
ブライアンの名前は登場人物の殺された妻の生前の台詞として出てくる。

※引用※
彼女は、「だってさ、ローリング・ストーンズに、ブライアン・ジョーンズがいたことだって、誰も覚えてないじゃない」とそんな馬鹿げた話を持ち出した。
「ブライアン・ジョーンズのことは覚えているだろう」
「嘘? 証拠もないのに」
「レコードとかCDが残ってるじゃないか」ゴダールの撮った映像にも映っている、と鈴木は付け足した。あれは、ひどく寂しげな、ブライアン・ジョーンズだったけれど。
「そうかなあ」と彼女は、懐疑的だった。「ブライアン・ジョーンズが、ストーンズのメンバーだったなんてさ、誰も覚えてないって。そんな証拠はないんだって」
「いや、忘れたのは君だけだと思う」可愛そうな、ブライアン。

更に同じ登場人物が、自分が言っていることをどうしても相手に信じてもらえず、「証拠はどこだ?」と切り替えされて、思わず生前の妻の言葉を叫ぶ。

※引用※
「証拠なんて関係ないじゃないですか。僕を信じてください。だいたい、それを言ったら、ブライアン・ジョーンズがローリング・ストーンズにいた証拠だってないですよ!」

私はヨハネスブルグの空港で、「今回の旅のテーマは自己嫌悪に陥ることだったのだろうか」「いや、そんなことない、なにか他の意味があるはず」「それはなんだろうなんだろう……」
と思いながら、この本を読んでいた。
そしてラストの方に出てきた↓この台詞↓にハッとしたのだ。

※引用※
「いろいろ考えたんですけど。でも、せっかく生きているのに、死んでるみたいだと妻に悪いじゃないですか」

こう続く。
※引用※
見てろよ。僕は生きてるみたいに生きるんだ。

私はこの台詞を読んだとき、死んでしまった妻=ブライアンに思えた。
そして言われた気がしたのだ。
「君はせっかく生きているのに!」
って。

「自己嫌悪に陥るのだって、生きているこそだからなんだよ。でも生きていれば、自分のダメだなって思う部分を改善していくことができるじゃないか。それって、素晴らしいことだと思わない?」

もう亡くなってしまっているブライアンに、「生きていることの素晴らしさ」を教えてもらった気がしたのだ。
「落ち込んでうつむいているんじゃなくて、生きていることを謳歌しなよ」って。


ブライアンに感謝しながら、考えていて更に思いついた。
ブライアンはストーンズを脱退してから1ケ月もせずに亡くなった。
未だにメンバーと不仲だった、特にミックやキースとは確執があった、と言う人もいる。
ブライアンは自分を切ったメンバーを恨んで、悪口を言っていたとも伝えられている。

でも本当だろうか?

伝えられていることは事実とは違うのではないだろうか。
または小さなことが、別の違う意味を持って大きく伝えられてしまっているのではないか。

脱退前、レコーディングにもまともに参加できなくなっていたブライアンは、電話をしてきては、他のメンバーが気を悪くしていないかと心配していたという。

甘えてサボっていたのではなくて、本当に演奏できるような状態じゃなかったのではないだろうか。

ブライアンはドラッグの問題で、散々叩かれた。

当時のキースの証言↓
「ブライアンはあんな場所に立っていられるような男じゃないんだ。まるで猟犬が血の匂いを嗅ぎつけたときみたいに、彼を責めたてている。 『責めたてていれば、いまに奴は死んじまうさ』 そんな残酷な気持ちで、ブライアンを何度も何度も痛めつけてやがるんだ。あのやり方はレニー・ブルースがやられたときと同じだぜ。ミックと俺に対しては、『奴らはおとなしい連中さ』くらいに思っているのだろう。特に『ザ・タイムス』の社説がでたあとはな。だがブライアンに関しては違う。奴らは彼が脆いことを知っていていじめぬいているんだ」

私は数日間のアフリカへの旅の緊迫感だけで、神経が疲れてしまった。
平常心を持っていたなら、違う対応ができたのではないかと、自己嫌悪に陥ることになってしまった。

ブライアンの場合は、元々身体が弱いのに、何年にも渡りハードスケジュールをこなし、そして世間から叩かれまくったのである。
繊細だったブライアンが、演奏もできないほどの状態になってしまっても、不思議ではなかったのではないか。

以前のブログ「ブライアンとキース・リチャーズ part16」の中で、スタンリーブースにグループ仲について非難されたブライアンはこう答えている。
ブライアンは、沈む夕陽の下で、ちょっと悲しそうに、くすっと笑った。
「いや、そんなことはないよ。おれは、ミックによく電話しているし、ミック、キース、おれ、三人とも、お互いに話し合ってはいるさ」

「ジャンピン・ジャック・フラッシュ」の聴き方が変わる本」では、”ジャンピン・ジャック・フラッシュ”の誕生を、ブライアンはメンバーの兄貴分として、本当にうれしかったのではないか、と私は解釈している。

結果的にはブライアンの追悼コンサートとなってしまったハイド・パークのコンサートにブライアンは呼ばれていた。
気がすすまないながらも、ブライアンは行こうとしていたのではないか。
ブライアンを呼ぶことを提案したミックは、嫌がらせをしたのではなく、それがミックなりの思いやりだったのではないか。

私は、ブライアンはメンバーの気持ちも理解していて、恨むどころか申し訳ないなって思っていて、嫌っていたのではなく、むしろ大好きだったのだと思った。


そこで、ブライアンから受け取ったように思えたメッセージが更なる大きな意味を持つ。
「自己嫌悪になってたって、落ち込んだって、自分はもう死んでしまったからどうにもできない。
誤解を解くこともできないし、ギクシャクしてしまったメンバーと、またいい人間関係を築きなおすこともできない」

「でも、生きていたらさ、いろいろなこと、していけるじゃない。それなのに、なんで落ち込んでるの? 自分と違って、生きていて何でもできるのに」

自己嫌悪になるな、落ち込むな、じゃない、
そういうことを感じる心も必要で、大切なのはそれを少しずつでもよくしていこうとすることだよ、
生きていれば、いくらでもそれができるんだよ、
だから生きているって素晴らしいことなんだよ。


そんなわけで、自己嫌悪になっている自分を責められるのではなく、励まされている気がして、ヨハネスブルグ空港で、私は泣けてきてしまったのだ。


同時に思った。
ブライアンはたぶん、メンバーが今もバンド名を守って活動していることをとっても嬉しく思っているんじゃないかって。


今回のジンバブエへの旅は、
行く前から、行っている間も、帰ってきてからもしばらく気が張っていて、
浮かれるように楽しくて素晴らしかったとは言い難い。
でも、間違いなく、いい経験と言う意味では素晴らしかった。
魂レベルの旅だったのかもしれない。
魂が求めた体験だったから、導かれるように出かけて行ったのかな、わからないけど。

日本を知ることは、日本以外から日本を見ることでもある。
私は大好きだなって思った日本を守っていきたいなって思ったし、
日本から、東京から、心を豊かにできるような何かを発信していけたらいいなと思う。

今の私なりに、旅を通して気づいたことを書きましたが、もしかしてもう少し時間が経ってから、
もっと別の意味があったことに気づけるのかもしれない。

そんな瞬間が訪れることを、期待しすぎず、少し楽しみにしていたいと思う。

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ジンバブエへの旅(帰国まで)

ジンバブエへの旅(ホンモノの生ムビラ演奏を聴く)」の続きです。

しかし落ち込んでいる心のゆとりすらない。
4日目、ホテルをチェックアウト。
帰国の途につかなくてはならない。
頭の中が真っ白のままであろうと、気持ちだけはしっかり持たなくては。

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ラストだと思って、ホテル敷地内から写真を撮りまくる

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通りの向こうに見えるのが、私が食料を買い込んだお店


ホテルの敷地内に待機していたタクシーに乗って空港まで。
行きとは正反対の無口なおじさん運転手。
話しかけられても、英語がよく理解できないし、いっか、
と思いながら、ふと見ると、メーターが動いていなかった。
空港までの料金は一定だから動いていないのだろうか?
いい方に考えながらも、もしかして?と警戒心が働く。

空港に着き、料金を聞くと、
「40ドル」
と返ってきた。
行きの空港からホテルまでのタクシー料金は28ドル弱。
「40ドル? 高い。 行きは28ドルくらいだったけど」
と言うと、
「30ドル」
と返してきた。
それでも行きより高いけど、面倒なので30ドル払ってタクシーを降りた。
さんきゅ~べり~まっちッ!

空港でチケットを受け取り、行きとは逆の空路、ハラレ(ジンバブエ)→ヨハネスブルグ(南アフリカ)へ。

ハラレではヨハネスブルグまでのチケットしかもらっていず、ヨハネスブルグでの乗り継ぎ時間は1時間くらいしかなかったので、急いでチケットを受け取るべく南アフリカ航空のカウンターへ。

eチケット控えを渡すと、カウンターの向こうでバタバタし始めた。
パソコンキーを叩きながら、電話をかけたり、
「10分くらい待ってて」
と言われたり。
うーん、これは何かトラブルかもしれない。

しばらくして、
「英語はわかるか?」
と聞かれたので、
「ちょっとだけ」
と答えると、ゆっくりと状況の説明を始めた。
「(私の分の)シートがない」
と。
「なので、あなたは今夜はここに泊まって、明日のフライトに乗ることができる」
と。
私がその後の乗り継ぎがあることを伝えると、それは分かっている様子で、最終的に日本にはいつ着くのかと聞くと、
ちょうど一日遅れになるという。
また、
「少し待ってて」
と言われ、パスポートを持った係員がどこかに走って行った。

なんなの、これ。一日遅れになるだけならまだしも、大丈夫なのだろうか。
海外からメールを使うと高額になるとわかっていたけれど、もしかしてここで私の行方がわからなくなった場合、ここで私に何が起こったのか、誰にもわからないのではないか、
と想像力をたくましくして、知り合い数人にメールを送る。
「ヨハネスブルグにて。私のシートがないそうです。空港の人が私のパスポートを持ったまま消えました。もうおしまいでしょうか」

私に何かあった場合、メールを受け取った人たちが、ここで私の身に起こったことを証言してくれるだろう。

メールを自動に受信すると高額になるので、選択受信に設定していたのですが、すぐに誰かが返事をくれたような表示が携帯画面に出た。
しかしバッテリーが減ってきている。
充電もできないし、バッテリーを切らしたくないし、これ以上、なるべく携帯操作をしたくない。
誰からの返信か、関係ないダイレクトメールなのか、確認もできない。
もしも誰かが心配して返信をくれたのだとしても、状況が変わるまで少し待ってください、心配しているかもしれないけど、すみませんッ、と思う。

しばらくして無事、パスポートは戻ってきた。
「明日の朝、またここに来て、チェックインをしてください」
と言われ、ホテルの宿泊券みたいなものをもらった。

このホテルってどこにあるんだろう?
ここはヨハネスブルグ、空港外に出るのは危険じゃない?
空港の中で夜を明かした方が……、
と思いながら、一応ホテルの場所を確認してみると、そのカウンターの横、手荷物検査を通り抜けた空港内にホテルがあった。
たぶん乗り継ぎ時間が長い乗客用のホテルなのだと思う。

チェックインをしてカードキーをもらい、部屋に入ると、
ツインの、きれいな部屋。
シャワーもついているし、大きなTVもあり、ミネラルウォーターや、インスタントコーヒーも置いてある。
「ここをタダで使っていいんだ♪」
もちろん予定のフライトで帰りたかったけれど、これはこれで滅多にできない体験。
途中でこういう休憩があってもいいよね、と思う。

そこで一晩を過ごし、また満席になったらいやなので、ホテルをチェックアウト後、言われた時間より早めに南アフリカ航空のカウンターに向かう。
今度は無事にチケットを受け取れた。
しかし搭乗時間まで8時間くらいあった。

ヨハネスブルグ空港も広いので、お店を見ながら歩き回ったり、ベンチに腰かけて本を読んだり、書き物をしたりしながら時間を過ごす。
このへんまで来ると、ずっと気を張っていた疲れも出てきて、できれば口もききたくないような気分になってくる。
そして、ふと平常心に戻って、考えてしまった。

今回の旅、私にとってなんなんだろう。
導かれるようにアフリカまで来たけれど、いまだに自分がなぜここにいるのかわからない。
一番、強く残っている感情は、演奏の途中で眠ってしまった、という自己嫌悪。
私は自己嫌悪を感じるために、ここまで来たのだろうか。
しかし、自己嫌悪なら日本にいたって、充分感じられるのではないか。

私はすべての物事には、何か意味があると思っている。
だから今回の旅にも、何か意味があるに違いないと、それが「自己嫌悪」だけではないに違いないと、
こたえを必死に探していた。
絶対、こたえはあるはずだ。
なんだろう、なんだろう、気づかなくちゃ……。

シートがなかったために、予定外にできてしまったヨハネスブルグ空港での待ち時間。
読みかけの本を最後まで読み終えた。
その本のラストの方に出てきた台詞にハッとした。
目が釘付けになり、「これだ」と思って、涙が出てきた。
自己嫌悪に陥ってしまうダメな自分を責められるのではなく、励まされたような気持ちになった。

思えばアフリカ行きは、そもそも民族音楽に興味を持つようになったきっかけのブライアンに導かれたのかもしれなくて――
「そっか、ありがとう、ブライアン」
と涙を拭いながら思った。

このあたりの詳しいことは次回書くとして。

やっと飛行機に無事搭乗、ヨハネスブルグ→香港へ。
行きとは違って満席状態。
香港への観光客が多いのかな。
だからギリギリにチェックインしようとした私のシートがないという事態が起こったのかも。

無事に香港着。
Hongkong1

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香港空港

全日空のカウンターに行き、日本までのチケットを受け取ろうとすると、またカウンターの向こうでバタバタしだした。
要するに私が出したeチケット控えが「昨日のフライト」のものだったからなのですが。
私はヨハネスブルグで乗れなかった時点で、コンピューターでつながっていて、香港から日本へのチケットも用意されたものと思っていたのですが、そうではなかったらしく、
ヨハネスブルグからのシートがなかったことを説明し、しばらく待たされることになった。
「またチケットがなかったらどうしよう……」
と不安でしたが、
「とれましたよ」
とチケットを渡され、ホッとした。

日本までもう少し!

メールをチェックし、やはり心配して返信をくれていた方々にメールを返す。充電器を預け荷物に入れてしまったため、バッテリーは依然切れそうなまま。
「やっと香港まで来ました。バッテリーが切れそうなので、またメールします」

それまで移動中も待ち時間も、よく眠っていた私、
さすがに香港→日本(成田)はもう眠くならず、初めて飛行機の中で映画を最後まで観終えることができた。
邦画が観たかったので、ドラマも面白いよ、と聞いていた「相棒」を観た。
新作だったのだろうか? 途中、感動して涙した。

そして成田着!
やった~ッ、日本だ! 日本語通じる! 周りにいるのは日本人ばかりだ!
既に夜の時間帯だけど、一人で歩いていたって大丈夫なんだ!
日本っていいな。日本語っていいな。

成田での最後の荷物チェックがやたらに厳しく、
「初めて行ったんですか? 観光ですか? 荷物の中、見てもいいですか? 主に何が入っていますか?」
と聞かれましたが、そこも通過して、電車に乗って空港を出る。

窓の外を見ると、
「え? 雪?」

夏のアフリカから、真冬の日本へ。
大雪の中を、荷物も雪だらけにして、滑りそうになって歩きながら、
「日本っていいなって思って帰ってきたのに、一体なんの洗礼なの?」
と複雑な心境になる。


ジンバブエへの旅(ブライアン・ジョーンズがローリング・ストーンズにいた証拠だってないですよ!)」に続く。

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ジンバブエへの旅(ホンモノの生ムビラ演奏を聴く)

ジンバブエへの旅(ホテルにて)」の続きです。

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現地の駄菓子らしい。


旅の3日目、唯一の丸1日フリータイム。
現地のホンモノのムビラ演奏を聴く機会に恵まれる。

ぎゅうぎゅうのバスに揺られて着いた場所。
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あらためて写真を見ると、道も狭いし、広大なアフリカ大陸というイメージではないなと思ったりもする。
空は大きいけれど。

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昼の月

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玄関あたり


私は今回の旅の間、頭の中が真っ白だったように思う。

日本ほど安全な国はない、だからその感覚で過ごしていてはいけない、
なるべく目立たないように、派手な行動は慎むようにしなくてはいけない、
むやみにヘラヘラ愛想を振りまかないほうがいい、
その場の状況を受け入れられるよう、先入観を持たないようにしなくてはいけない。

なんで決済したはずのホテル代が支払われていないんだろう?
なんで目の前のお店に買い物に行くだけで危険を感じなくちゃいけないんだろう?
なんで買い物の支払いをするときにお財布を見せてはいけないんだろう?

当たり前のことなんて何もなくて、「こういうものなんだ」と納得するしかない。
そのために、頭の中、真っ白にしておいて、その場その場で状況を受け入れていく心構えでいなくてはいけない。


大人も子供もたくさんの人と会ったけれど、言葉がわからないというだけではなく、私はただただ呆然としていたと思う。
いつもと違う環境に自分がいるということに、ふわふわしながら、よくわからない状況に受け身なだけでいたと思う。

受け身でいるから、いろいろな風景や空気を感じ取ったりはしていたのでしょうが、頭の中が真っ白なものだからそれを自分の中で処理できない。
こういう状況だから、私はこうするべき、などの思考がまるで出てこない。
それどころか、この状況を私はこのように感じている、というような感想すら出てこない。
見ているもの、聞いているものがみんな、入ってきては、私の中で形を成さずに漂っているだけという感じ。

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少しずつ日が暮れていく

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夜空の月


なので、夜になって、ムビラの演奏が始まって、
今、あらためて聴いてみると(映像が何故か暗くしか撮れなかったのですが)、素晴らしいと思えるのですが、
だから本当なら、生で聴きながら、もっともっともっともっと、
「すごーい」
「すごーい」
「すごーい」
と感激できたはずなのですが、その時の私は真っ白で、そういう場にいられる幸せを感じることもできず、
その上、途中で眠くなり寝てしまい、朝になって目覚めてから自己嫌悪に陥るということになってしまった。

何故、この時の私には感動する力までなくなっていたのだろう。
何故、「素晴らしい演奏を聴けてうれしい」という言葉すらでてこなかったのだろう。



電燈の明かりの中、何故かこんなに暗い映像しか撮れませんでした……


ジンバブエへの旅(帰国まで)」に続く。

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ジンバブエへの旅(ホテルにて)

ジンバブエへの旅(現地到着まで)」の続きです。


ホテルのチェックイン時に、ちょっとしたゴタゴタがあった。
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Holidayinn2

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ホリデーイン ハラレ

私は日本でホテルの予約時に、ネット上でクレジットカード情報などを入力した。
普通ならそれで決済がされるはず。

でも不安だったので、日本語で対応してくれるインフォメーションセンターに何度か問い合わせをした。

質問「支払は予約時に済んでいるんですか、支払額は予約時のレートですか、それとも宿泊時のレートですか」(ホテル代はドル表示だったので)
回答「お支払いは予約時に済んでいます。予約時のレートで決済されます」

質問「ホテルにチェックイン時に、何か予約を証明するプリントなどを持って行った方がいいですか?」
回答「特に必要はないです。ただ予約時に使ったクレジットカード、お客様の場合JCBカードですが、カードの提示を求められますので、同じカードを持って行ってください」

質問「ホテル代の請求は、既にカード会社にいっていますか?」
回答「請求は予約時から宿泊時の間にされますが、どのタイミングで請求されるのか私共にはわかりません。カード会社に問い合わせて頂くことになります」

カード会社に問い合わせた結果、まだ請求はあがってきていないとのことだった。


さて、フロントに行き、予約をしていることを伝えると、
「何か予約した時のプリントを持ってきていないか?」
と言われたので、念のためにプリントアウトしていったものを見せるも、日本語なのでよくわからないようだった。

「支払いは済んでいるのか?」
と聞かれたので、
「済んでいる、クレジットカードで」
と答えると、カウンターの向こうでバタバタし始めた。
問い合わせの電話をしたり、
「奥に来てください」
と奥の部屋に連れていかれたり、
「やっぱりフロントに戻ってください」
と言われて、また元の場所に戻ってきたり。

結果、どうやら私の支払いはまだ済んでいないということになったらしかった。
ここで「私は支払った」と主張し続けても先に進まないし、
二重請求が来たら、その時に対処しようと思いながら支払いをすることに。

「クレジットカードで支払います」
ここぞとばかりに予約時に使ったカードを出すと、
「このカード(JCB)は使えません。VISAカードじゃないと」
と言われる。
たまたまVISAカードも持っていたので、それで支払いができましたが、
JCBが使えないなんて聞いてないよ~。

※後日談※
海外でJCBが使えないのは、よく知られたことなのだそうだ。
要するに”そんなのジョーシキ”というところなのでしょうが、
「どーせ私はジョーシキ知らずですよ」
と、ふてくされるよりも、
「ひとつ勉強になった」
と前向きにとらえよう。


やっと部屋に案内される。
1人で泊まるのに、1人料金なのに、ダブルベッド2つの広い部屋。
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ふ~、一安心。
と、まだのんびりしている場合じゃなかった。
明るいうちに食料などの買い物に行かなくては。

ホテルの前にお店があると聞いていたので、準備をしてから外出。
いかにも旅行者の(女性の)私が、昼間とはいえ1人でフラフラしているのは危険なのではないかと、また警戒心が強くなる。
歩きながら写真でも撮りたいところでしたが、そんな行為すら危険なのではないかと思えてしまう。
支払いの時でも財布を見せたらいけないとの情報を得ていたので、注意をした。

途中で声をかけられたりしましたが、言葉がよくわからないこともあり、無視して、ミネラルウォーターや食べられそうなものを買い込み、無事にホテルに帰る。

ふ~、今度こそリラックス。
と、そこで気づく。
「ドライヤーがない」

部屋にはドライヤーが置いてあるはずなのに、見つからない。
フロントに電話をすると、TVの近くにないかと言われる。
引き出しの中などを探しても見つからず、ホテルの係の人がやってきた。

ないことを確認して、部屋の電話で誰かに指示を出していた。
「後で、ドライヤーを持ってくるから」
と言って帰って行った。

しばらくしてノックの音がして、出ていくと、ドライヤーを持った、さっきとは違う人が立っていた。
ドライヤーを渡されるだけだと思ったら、取り付ける作業が必要だという。

5分もかかりませんでしたが、部屋の中に入ってきて、引き出しの奥の穴にコードを通して壁のコンセント(?)につないで、ちゃんと使えることを確認して帰って行った。

ふ~、今度こそ今度こそリラックス。
と、しばらくしたら、またノックの音が。
出ていくと、また違う人が立っていて、
「ドライヤーがちゃんと使えるかどうか確認に来た」
という。
全部の部屋を回っているんだろうかと思いつつ、
「ちゃんと使えるから大丈夫」
と言って帰した。

ふ~、今度こそ今度こそ今度こそリラックス。
と思っていたら、またノックの音が!
出ていくと、小さなチョコレートの箱が入ったカゴを持った人が立っていた。
「楽しんでますか?」
みたいなことを聞かれたので、
「とっても」
みたいなことを答えると、笑顔でチョコレートを手渡してくれた。
「さんきゅ~」
と言うと、うれしそうに帰って行った。

ふ~、今度こそ今度こそ今度こそ今度こそリラックス!
と思っていたら、またノックの音が!!
「も~、一体、どうなってるの!」
と思いながら出ていくと、単に他の宿泊客が部屋を間違えただけらしかった。
驚いた顔をして、謝りながら去って行った。

しかし日本のホテルなら、呼ばない限り、こんなに何度もホテル関係者が訪ねてくることはないと思う。
これはもう、アレ、アレを使うしかないでしょう。

ドアの外のノブに、
「Don't Disturb」
の札をかけた。

その後、部屋のドアがノックされることはなかった。
しばしの優雅なホテルライフ♪

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ホテルの部屋より(夜景はうまく撮れませんでしたが;)

ジンバブエへの旅(ホンモノの生ムビラ演奏を聴く)」に続く。

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ジンバブエへの旅(現地到着まで)

ジンバブエへの旅(出発まで)」の続きです。

持込の荷物チェックがかなり厳しいということで、たいした量の荷物はなかったけれど、ボストンバッグの方は預けることに。
2回も乗り継ぎがあるので心配でしたが、目的地までそのまま運んでもらうことにした。

羽田空港の全日空カウンターで、まずは香港までのチケットをもらう。
香港からは南アフリカ航空なので、そこからのチケットは香港で受け取ってくださいと言われた。
わからなかったら、降りたところにスタッフがいるので聞いてくださいと。

羽田を発って、無事に香港着。
実は次のフライト(香港→ヨハネスブルグ)まで、約11時間あった。
南アフリカ航空のカウンターを探したけれど、見つからなかったので、早速スタッフに聞いた。
私が探したのと同じあたりを指して、「あの奥の方だと思います」と教えてくれたので、お礼を言って探したけれど見つからず。
近くにいた警備員さんに聞いてみると、インフォメーションまで連れて行ってくれて、
インフォメーションの女性の説明では、フライトまで時間があるので、まだカウンターが出ていないのだという。
お礼を言って、時間が近づくまで待つことにした。

今回の乗り継ぎで、唯一長時間待ちになってしまった、この香港での約11時間。
どうやって時間をつぶそうかと思っていたけれど、香港空港は広いので、アチコチ歩いてみたり、ベンチに座って本を読んでいると睡魔に襲われてウトウトしてみたり、書き物をしているうちに、時間が経ってしまった。

今回の旅、どこでも日本人っぽい人たちを見つけると、ほとんど中国人の方たちだった。
「日本人かな?」
と思うと、中国語で大きな声で話し出す。
何故、あんなに大声で話すのだろう。


搭乗の2時間前くらいでいいと言われたけれど、早めに南アフリカ航空のカウンターに向かう。
今度はちゃんとカウンターがあった。
そこで、香港→ヨハネスブルグ(南アフリカ)、ヨハネスブルグ→ハラレ(ジンバブエ)のチケット2枚を受け取る。

香港→ヨハネスブルグが今回の中では一番長い移動で、15時間前後、機中だった。
でも飛行機は空いていて、一人で数人分の座席を使っても(つまり横になって眠っていても)OKな状態だったのでラッキー♪と思った。

今までの移動中もウトウトしていたのに、この移動中も眠れた。
私はホント、よく眠ると我ながら思う。


ヨハネスブルグ空港に到着。
初のアフリカ大陸上陸だ~♪

と、ハシャぐ心のゆとりもない。
だって世界一危険と言われている都市。
空港内は近代的で安全とはいえ、気は抜けない。
スキを見せるべからず。

そしてヨハネスブルグ→ハラレ(ジンバブエ)へ。
入国審査時にビザ代として30ドルを支払い、預けた荷物が無事に届いていることに安心した。
空港外に出て、タクシーでホテル(予約しておいたホリデーイン)まで。

旅行者はタクシーでボラれることが多いと聞いていたのですが、
運転手のお兄さんは気さくで、いろいろ話しかけてきて、悪い人じゃなさそうだった。
メーターもちゃんと動いていたし。
結局、ホテルまで28ドル弱だった。
後から考えると、最初に乗ったのがこのタクシーで運が良かった。

日本は冬ですが、アフリカは夏。
日本の夏みたいな蒸し暑さはまるでなくて、さわやかな夏でしたが。
ちなみにジンバブエは今、雨季らしいのですが、行っている間は雨に降られずに済んだ。

出発前に、
「アフリカに何を見に行くんですか?」
と聞かれ、特に観光名所に行こうと思っていたわけではない私は、
「う~ん、空です」
とこたえた。

数か月前、出雲大社に行ったとき、出雲の空の大きさ、雲に感激した私でしたが、あの空は序章に過ぎなかった、と思った。
アフリカの空、雲、すごい!

Sky


さて、ホテルにチェックインだ~!


ジンバブエへの旅(ホテルにて)」に続く。

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ジンバブエへの旅(出発まで)

そもそも私は、ロンドンに行きたかったのだ。

ロンドンを拠点にブライアンのお墓参り、そして最期の地となったコッチフォードに行きたいと。

しかし、比較的温暖だという冬のロンドンが、今年は寒波で空港閉鎖にまでなっているという。
それじゃ、行けない……、と、そこで浮上してきたのがアフリカ行き。

ブライアンの影響で民族音楽、特にアフリカの音楽に触れるようになった私。
頭では、
「旅慣れてもいない、英語力もない私が、しかも一人でアフリカなんて危険でしょ!」
と不安を感じているのに、何故か流されるようにアフリカ行きの準備が整っていった。

行こうと思ったのはジンバブエ。
私が持っている豚のムビラに、
「ジンバブエに行こうよー。自分が生まれたところを見てよー」
と誘われた気がした。
思い込みだと言われようが、本当にそう感じたのだ。

Map
Africa
(クリックで拡大)


旅に詳しい方に紹介して頂いた格安航空券のサイトで、いい感じ(日程)の航空券をゲット、
やはり紹介して頂いたサイトでホテルを予約。
旅行保険に加入し、事前に両替も済ませた。

今回は超駆け足の旅で、
1日目、日本を出発、日本→香港→ヨハネスブルグ(南アフリカ)→ハラレ(ジンバブエ)の乗り継ぎで、
2日目の昼過ぎに現地に到着。
3日目がフリータイム、
4日目の昼過ぎにジンバブエ出発、
5日目、日本に帰国。

最初は不安ばかりで悪夢にうなされたりもしましたが、
準備をしているうちに少しずつ楽しみになってきた。
しかし、また出発2日前くらいにネガティブの波が押し寄せてきた。
「行っても楽しくないに違いない。いやな思いをして、落ち込むことになるだろう」

そしていよいよ前日。
不安の波にさらされながら、「行ってらっしゃい」メールが届く中、
ふと航空券控え(eチケット控え)を再確認した。
8:55出発のフライト、間違いない。
成田には2時間前に行かなくちゃいけないから、夜明け前には家を出なくちゃ……、
と、そこで初めて気づいた。

「えっ!? 成田発じゃなくて、羽田発になってるッ!」
そう、今回のチケット、帰りは成田着ですが、行きは羽田発だったのだ。

妙にテンションが急上昇。
だって、もしも気づかずに成田に行っていたら、今までの準備、全部無駄になっていたかもしれない!
成田に行ってから羽田に向かっても間に合わなかったかもしれない!
きっと成田空港で大パニックになっていた!

き、気づいてよかったー……

あまりに興奮したせいで、不安も吹き飛んでしまった。

思えば、ブライアンは好きなブルースのルーツがアフリカにあると思い(なぜならばブルースを歌うのは黒人だったから)、アフリカの音楽に興味を持ち、ジャジューカを録音したわけですが、
そこで亡くなってしまったので、アフリカの音楽に関してはジャジューカまでで終わってしまった。
でももっと長生きしていたら、もっとアフリカの音楽を知りたいと思って、モロッコから少しずつ南下していったかもしれない。
つまり私は、ブライアンが果たせなかった”ジャジューカその後”を体験しに行くのではないか。
今までも日本国内のライブには行っていましたが、やはり現地を体験するというのは別物だと思う。

滞在よりも移動のほうが長いという旅、
さあ、いざ、出発!airplane


ジンバブエへの旅(現地到着まで)」に続く。

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