ブライアン・ジョーンズ

ジャジューカ初来日!

何年か前、
ブライアンの魂を受け継ぎつつ(大げさ?)
ジャジューカを日本に招聘したい!
と、
「ジャジューカプロジェクト」
なるものを考え、動いていた私。

そのときは無理でしたが、
いよいよ
ジャジューカ初来日の情報です!

https://www.facebook.com/MasterMusiciansofJoujoukaJapan/

嬉しいー!

彼らが日本にやってくるー!

| | Comments (0) | TrackBack (0)
|

Nhemamusasa ネマムササ

”ムビラ”というアフリカ、ジンバブエの楽器を弾き始めたのは2010年のことでした。

ブライアン・ジョーンズの影響でジャジューカに興味を持ち、民族音楽に興味を持ち、
いろいろ聴いているうちに、
自分も弾くようになっていました。

続けていると楽しいばかりではなく、苦しいこともありますが、
でも、やめるのは続けるよりももっと苦しい、
という想いで続けています。

続けていくこの想いに、ブライアンを重ねたりもしてしまいます。

そして若くして亡くなってしまったために、
ブライアンは苦悩のその後の世界まで行けなかったけれど、
私は行く、ブライアン、一緒に行こうね!などと思ってしまったりもします。


ムビラを弾いていると、大切なことをたくさん教えられているような気持ちになります。

例えば、こんなふうなこと。
『真剣に取り組めば取り組むほど、それは悩みの種にもなっていく。
でも本来そのことがもたらしてくれた、そのことがやりたいという、それが楽しいという魂の輝きを忘れるな』

つまり、「初心忘れるべからず」ということでしょうか。

うーん、
歓びを得られるものは、苦しみの種でもあるということかもしれません。

そんなこんなで、楽しみながら、苦しみながらやってきました。

ソロ演奏もアリだと思いますが、
私は複数名での合奏が好きです。

音を合わせるのは、音を合わせるのみならず、
他者の魂の鼓動を感じ取って、そこに自分を合わせていくことだと思うのです。
お互いがそれを出来たとき、綺麗な音が出るのだと。

私は、その感覚が大好きです。

この度、多重録音に挑戦してみました。

この音、私が8人くらいいます(笑)

「nhemamusasa(ネマムササ)」というのは、ムビラの中で一番有名な曲だと思います。

たくさんのことを学べました。
これからもコツコツと。
日々精進。感謝。

lyric by tonderai tirikoti
recording engineer:genta

| | Comments (0) | TrackBack (0)
|

キューピットblog?

このブログでも何度か紹介させて頂きました、
ブライアン片山夫妻の結婚パーティーに参加してまいりました!

王子様とお姫様のようなお二人は幸せオーラ満開。
私も幸せオーラ満喫(笑)

帰り際、奥様がおっしゃってくださいました。
「わたし、るかさんのブログで彼のことを知ったんです」

おぉぉぉぉ~~!

なんと!

このブログが、ある意味、幸せなお二人のキューピット役に!!


『やったね、ブライアン』
思わず、天国(または下界に下りてきている?)ブライアンにガッツポーズ。

末永くお幸せに♡

20160131_124105
手前がブライアンと奥様♡


20160131_171400

| | Comments (1) | TrackBack (0)
|

「何か良いことが、きっとあなたにも起こる」jajouka

「Brian Jones Presents the Pipes Of Pan At Joujouka」
ブライアンの死後、1971年にリリースされたアルバム。

当時のアルバム名は「Brian Jones Plays With The Pipes Of Pan At Joujouka」。
まるでブライアンが一緒に演奏しているように思わせる。


1968年7月23日から約一か月の間にブライアンはモロッコ、ジャジューカ村を訪れ、
これを録音した。

レコードとして発売されたのは、ブライアンの死の2年後、1971年。


「何か良いことが、きっとあなたにも起こる」
はジャジューカの意味である。

さて、今回あらためてジャジューカの話題に触れたのは、
コメントを通して、mutsuさんから情報を頂いたことがきっかけ。

このアルバムが1995年にCD化された際、
同じジャジューカの1000枚限定のブートが発売された。

私もこのアルバムを持っているのですが、
ここに収録されているのは3曲。

最初の2曲は他のアルバムと同じもの。

謎の曲はボーナストラックとして収録されている3曲目。
タイトルは、
「Take Me with You Darling, Take Me with You 」
となっていますが、
他のアルバムに収録されている同タイトルの曲とは別物。
(私が持っているCDにはこの曲名が記されていますが、CDによって「Untitled 03」となっている)


また他のアルバムにもボーナストラックは収録されており、
そのプロデュースはブライアンではなく、収録されたのもニューヨークらしく、
参加ミュージシャンもわかるのですが、
この謎の曲は、他のアルバムのボーナストラックの曲とも別物。
他のボーナストラックには、謎の曲で使われているピアノもカズーも出てこない。


さて、その謎の曲、
ID取得して、UPしてみましたので、お聴きくださいませ。

https://soundcloud.com/user-46162546-43973431/03-untitled-03

23秒あたりで聞こえる「ジャジューカソング」という声がブライアンだという説です。
いかがでしょう?
ブライアンの声でしょうか??

この、
ジャジー&ブルージーな曲、
もしもブライアンが関わっていたなら、貴重な音源に間違いなし!

ストーンズ脱退後、
ブライアンが結成しようとしていたバンドの音源に関係するものかもしれないし、
または、現地モロッコで、
ブライアン・ガイシン、ウィリアム・バロウズ、ポール・ボウルズらと過ごしている時、
演奏された音源かもしれない。


私は以前、ジャジューカを日本に招聘しようと、日本でジャジューカの演奏を聴きたいと、
「ジャジューカ・プロジェクト」
と名付けて、奔走してみた。

結果、
「ジャジューカは2000年に来日する予定でチケットも発売されていたのにドタキャンした。
日本のプロモーターはどこも彼らに関わらないだろう」
という情報を得た。

ジャジューカ熱が遠のいていた近頃、
また再燃しそうな予感。
月明かりの中でジャジューカ聴きたい!

今回あらためてアルバムのライナーノーツを読んで、次の記述に心を揺さぶられた。

「ブライアンが68年当時すごい感性の中で、世界中にはまだまだいろんな音楽が存在しているんだということを訴えかけようとしたことの大きさを、しっかりと認識させられた」

今のように、ワールド・ミュージックとして知られるずっと前の話。
1968年にブライアンは世間に訴えようとしていたのだ。

涙が出てきた。

「ありがと、ミック」
アルバム化されたのはブライアンが亡くなってからだったけれど、
思わず呟いてしまった。

ブライアンが訴えようとした音を、
その情熱を無駄にはしたくない。
その熱い想いに寄り添っていきたい。


そして、そして、
謎の曲について情報をご存知の方はぜひ、お知らせくださいませ!!<(_ _)>

| | Comments (0) | TrackBack (0)
|

ブライアンとキース・リチャーズ part27

メチャクチャ間が空いてしまいましたが、
ブライアンとキース・リチャーズ part26
の続きです。

思いがけなく長くなってしまったこのシリーズですが、
今回が最終回です。

ブライアンとキースの関係はどんなものであったのか、
お互いはお互いのことをどう思っていたのか、
私なりの解釈を書きたいと思います。


今までにも書いてきましたが、
アニタがキースのもとにいってしまったことについて。

これはキースがブライアンからアニタを奪ったわけではなくて、
アニタがキースを選んだ、ということだと思います。

キースは公平に、ブライアンとアニタが話し合える機会を持つようにしていたようですし。

それにどちらにしろ、ブライアンとアニタは上手くいかなくなっていたと思います。
むしろ、別れるチャンスが早くなって良かったんじゃない?って。

確かにアニタがキースに走ってしまったことは、
2人の間に気まずい空気を作ってしまったことでしょう。

でも今回あらためて考えていて、
2人の友情はそんなことでは揺らがなかったはずだと思いました。
複雑な感情が生まれてしまったにしても、一緒にいい時間も過ごしてきたわけですから。


***以前、書いた記事より。***

当時親友だったというクリストファー・ギブスの証言。
「ブライアンの幸福のすべてがアニタに起因すると考える人たちは、事実を何ひとつ知らないんだよ。ブライアンにとっての幸福とは、一緒にいる人によってもたらされたものだとは、僕は決して思わないね。彼が幸福かどうかは、音楽がどうなっているかということのみにかかっていたのさ」

アニタこそ最愛の女性、彼女が去っていったことがブライアンの転落の始まり……、と語られることが多いですが、私は遅かれ早かれアニタとブライアンは別れていたように思います。
アニタがキースのもとに走ったことはショックだったでしょうけれど、もっと長く生きていたら、アニタ以上の最愛の女性を見つけていたに違いありません。

******

言葉を変えるなら、
たかが女のことなんかで、俺らの仲が壊れるわけないだろ! そんな浅いもんじゃないんだよ!
って感じでしょうか。


以前の記事では、
”なにもブライアンの前でアニタとイチャイチャすることなかったのに”
というような、キースを責めるようなことを書いてしまいましたが、
キースとアニタが付き合うようになったのは事実で、
それは現実として受け止めていこう、っていう、
ブライアンとキースの間では暗黙の了解みたいな感じになっていたのかもしれません。
アニタのことが2人の間の溝にならないようにしていこうって。


これも以前、書いたことですが、
キースは実は、上流階級に憧れを持っていたのだと思います。

現に、一時期、服装や言葉遣いまで変わったという証言もあって。(たぶんアニタと付き合い始めた頃)

ただ、自分には似合わないということにすぐに気づいて、
今のようなイメージを作っていったのではないでしょうか。

なので、ブライアンの育ちの良さや上品さには憧れを持っていたと思います。
そしてブライアンの音楽的センスも認めていたと思います。

これも何度も書いていますが、
ミックの友情は”恋愛”に近いような感覚、
キースの友情は”家族的なもの”
なのではないかと思っています。

キースにとってブライアンは、
洗練されているところもあり、私生児までもいるっていう大人の部分を持つ憧れの身内、
音楽的に気が合い、頼りにもなる身内、
だったのだと思います。

だからブライアンがどんどん弱っていって、
演奏もままならなくなっている姿を見て、どうにかしてあげたいという気持ちもあったでしょう。

でも所詮、ブライアンが強さを取り戻せるかどうかは本人次第、
以前は逞しかったのに、すっかり弱って情けない姿を見せられているのがたまらず、
荒療治かもしれないけれど、
ブライアンをグループから切り離すことを決めたのではないでしょうか。

それは身内のように思っているからこそ抱いてしまう相手へのイライラ、
うっとうしさからくる決断だったのかもしれません。

意地悪な気持ちからというよりも、
むしろストーンズから離れて、ブライアンも楽になるんじゃないかと思っていたのかもしれません。


ミックの記事で紹介した、ブライアンが亡くなった後のキースのコメントです。

「ブライアンが死んだ日……、とても奇妙なことが起きた……大勢の人間が、突然消えていなくなったんだ。俺たちはその夜セッションをやっていたが、むろんブライアンがやってくるとは思っていなかった。彼はもうバンドをぬけていたからな。すると真夜中にだれかが電話をかけてきて、『ブライアンが死んだ』と、言った。そんなばかな、と思ったが、ひょっとすると俺たちの運転手のだれかが彼を殺したのかもしれないと疑って、真相を調べようとした……彼らのなかにはブライアンを脅迫していた奴がいたんだ。その晩はパーティーが開かれて、女の子も大勢集まっているはずだった。だがどうもよくわからないんだ。あの夜ブライアンになにが起こったのか俺にはわからない。彼を殺したがっている奴などあそこにはいなかった。きっとだれかが彼の面倒を見なかったんだ。彼の面倒を見ることになっていた人はかならずいたはずだよ。特に、ブライアンはパーティーなるとひどく荒れるからな。だれもがそのことを知っていた。おそらく、彼はひと泳ぎしようと水に入ったんだろう。そしてぜんそくの発作をおこした……俺たちはほんとにショックを受けたよ。俺は現場に直行して、だれがパーティーに来ていたか知ろうとしたが、不思議なことにだれもいなかった。やっとひとりだけつかまえたが、俺の考えでは、そいつが全員を退去させ、警察が来ても事故だと思わせるように仕組んだんだろう。きっとそうさ。奴は名前が公表されるのを恐れて、みんなを追い返したんだ。それでよかったのかもしれないが、俺にはよくわからない。その夜だれがそこにいたのかもわからないし、見つけ出すのも不可能だ……ケネディが殺されたときと同じ心境だよ。真相はまるでわからないんだ」

いくつかのコメントが紹介されていると思いますが、
私はなんとなくこのコメントが信憑性があり、重要な気がしています。


当日パーティーが開かれていたのが事実なのかわからないですが、
キースは「現場に直行した」と話しています。

いかにもキースがやりそうな行動に思えます。
そしてここに、キースのブライアンへの気持ちが垣間見えます。

大嫌いで切り捨てた人間が亡くなった現場に駆けつける人がいるでしょうか。
そこで何が起こったのかを調べようとするでしょうか。

まさか、ウソだろ? 一体、なにがどうなってるんだ? なにが起こったんだ?

と思ったからこそ、現場に行ったんですよね。
メンバーではなくなっていたものの、自分にとって大切な存在だったから。

しかし真相は闇の中。

葬儀に参列しなかったのは、ブライアンに対する反感があったからではなくて、とてもそんな心境になれなかったということなのだと思います。

これも以前紹介した文章。
「アニタの寝室のタンスの上に、銀の額縁に入ったブライアンの写真が飾ってあった。キースとアニタは、ひるむことなく現実に向き合っているように見えた」


しかしながら、ブライアンの死後、
キースはブライアンに対する辛辣なコメントを繰り返しています。

仲間と思っていたのなら何故?
という疑問が浮かび上がります。


私は、キースの心境を知るポイントとして、
ブライアンが亡くなった直後のキースのコメントは↑で紹介したように決して辛辣なものではなかったということがあげられると思っています。
それが、キースの本音、素直なコメントなのだと。

辛辣なコメントをするようになったのは、

時間が経つにつれ、

ブライアンはストーンズをクビになってすぐに亡くなってしまった、
グループ内でいじめられていたらしい、
ストーンズをクビになったことで憔悴して亡くなってしまったのではないか、
ブライアンが死んだのは、ストーンズのメンバーのせいだ!

という声があがってきたからではないでしょうか。

ストーンズのメンバーといっても、
一番目立つのはミックで、
「ブライアンはミックにいじめられていた。ミックにクビにされた」
そして、
「ブライアンが死んでしまったのはミックのせい」

一部で、こんな心無い声があがるようになったのではないでしょうか。


「ブライアンはサイテーな奴だった。死んでくれてホッとした」

キースのブライアンに対する冷たいコメントは、
ミックへのバッシングの矛先を自分にも向けるため、とは考えられないでしょうか。

このままミックだけが責められるのは公平ではない、
ミックが責められるのなら自分も責められるべきだ、と。

ブライアンは”ミックとキース”にいじめられ、クビになって、失意の中で亡くなった。

ストーンズを責める奴らがいるなら、その責めを一人が背負うのではなく二人で背負っていこう、

キースはそんなふうに考えたからこそ、
悪役を演じ始めたのではないでしょうか。

それはミックを守るためのみならず、
ブライアンの死を忘れないため、
結果的にブライアンを追いつめて、救うことができなかった、和解するチャンスも持てずブライアンは亡くなってしまった、
その罪を忘れないようにするため。


でもですね、
これも私の勝手な解釈ですが、
ブライアンは少しもキースのことも、メンバーのことも責めてないと思います。

自分の状態が悪くて、ストーンズから切られてしまったことも、
仕方ないと受け入れていたと思うし、
切り替えて、新たな自分の音楽に取り組んでいたとも思います。

何度も言ってしまいますが、
もう少し長生きできていたら、
形は変わってもまたメンバーといい時間をまた過ごせるようになったかもね、と思います。

とにかく時間が無さ過ぎでした。


これも以前書いたことです。

*******

1989年1月18日、ストーンズがロックンロール・ホール・オブ・フェイムに加えられることが正式に発表された。
ミックとキースは決着をつけるため、バルバドスで会うことにした。
会ってから数分もたたないうちに彼らは互いに怒鳴りあったが、その日が終わる頃にはジャック・ダニエルを飲みながらジョイントをまわし笑いあっていた。

*******

そう、
ミックとキースがこんなふうに和解したように、
ブライアンがもっと長生きしていたら、同じような感じでいい友人に戻れていたのではないでしょうか。

性格が違う者同士、
若かったこともあって、距離の取り方がわからなかった。
近くなりすぎてぶつかりあった。

でも年月が経って年齢を重ねるうち、それぞれが相手との距離感を学べば、
ブライアンとキースもお互い、どういう距離感を持てばうまくやっていけるかがわかって、
きっと、和やかに話せる時がきたのではないかと思います。


ブライアンからいつもアドバイスされているように思うことがあります。
「生きていることを謳歌しなよ」

「生きていれば、受けてしまった誤解を解く努力もしていけるんだよ、
自己嫌悪になったって、その悪い部分を直していく努力をしていくこともできるんだよ、
気まずくなった仲を修復していくこともできるんだよ」

「自分はもう亡くなってしまったから、それができない。
なのに、何を落ち込むの? 生きていたら、どうにかしていけるのに、なんで落ち込むの? 生きているのに!」

――生きていられることの幸せを胸に、精いっぱい生きていきたいと思います。


ブライアンとキース・リチャーズのシリーズ、
すごく長引いてしまいましたが、これが最終回です。

二人の歴史にはいろいろなことがあったんですよね。

お金がなくて、寒い冬には身体を温めるため、二人でギターを弾き続け、
狭いベッドでミックと三人で寝て、
二人して悪ふざけもして、
キースのチキンをブライアンが食べちゃったなんて理由で殴られたり、
体力のないブライアンの穴を埋めるためにキースが二人分のギターを弾いたり、
アニタが間に入ってきてゴチャゴチャして、
ドラッグを一緒に楽しんだり、逮捕されたり、
「おまえ、もうクビ」って言わなくちゃならなくなったり。

もしかして元々、距離を置いて付き合ってればいい仲だったのかもしれないけれど、
この友情、
ブライアンもキースも楽しんでいたと思います。
友情は確かにあったし、
今もきっとあり続けていると思います。

さて、長くなってしまったシリーズのラストに「NO Expectations」を聴きましょう。


またまた以前書いたこと、↓

*******

――さて、このアルバムに収録されている「No Expectations」のギターがブライアンなのか違うのかという疑問が未だにあるようですが、前出の2003年のインタビューで、ミックは次のように答えています。

スチール・ギターが素晴らしい曲ですね、という質問に対して。
ミック「あれはブライアンがプレイしてるんだ。あの時は俺たち床に輪になって座って、歌ったりプレイしたりしてた。オープン・マイクでレコーディングしてね。俺が覚えてる限り、本当にやりがいのあることに100%マジで打ち込んでるブライアンを見たのは、あれが最後だったな。あいつがちゃんと他の奴らと一緒にいたんだから。変なことを覚えてるもんだね――でも俺が覚えてる限り、奴がそうしてる姿を見たのはあれが最後だった。あいつ、すべてに興味を失っちまってたからね」

*******

紹介するこの音源、
まさに輪になって演奏した、あったかい雰囲気が出ていますよね。

ストーンズの初代二人のギタリスト、ブライアンとキースの音が印象的な曲です。

| | Comments (2) | TrackBack (0)
|

大切な人の力になってあげられない

ブライアンがコッチフォードに住み始め、
ストーンズをクビになった頃、
ミックはアレクシス・コーナーに、
「ブライアンの力になってあげて欲しい。俺たちじゃ、もうダメなんだ」
と頼んだという。

アレクシス・コーナーはブライアンの屋敷に通い、話し相手などになっていたけれど、
プールでの事故があった日には行っていなかった。


ミックが本当にブライアンのことを気にかけていたならクビにしなければよかったじゃないか、

とか、

結果的には追悼コンサートになってしまったハイドパークに、クビにしたブライアンを呼んで演奏させようとしていたのはひどい話じゃないか、

という意見もあるかもしれませんが、

ブライアンがクビになったのは、
それはもう、外部の人間にはわからないメンバー間での心理があったのだろうし、
ハイドパークに呼んだのだって、嫌味のつもりではなくて、むしろブライアンのことを気にかけていた結果なのではないかと、勘違いかもしれませんが、私はそう感じている。


それにしても、
上手くやっていた時もあった、大切な仲間だった、
だから辛いときには力になってあげたい、

なのに、
「自分ではダメだ。(力になりたいけれど)力になってあげられない」
と感じてしまうというのは、なんて寂しいことだろう。

ミックにこういう温かい気持ちがあったのならば、
時間がもう少しあれば、
形は変わっても、またブライアンといい関係を築きなおせたのではないかと思う。

時間さえ、もう少しあれば。


――逆に考えると、
時間はまだまだあるだなんて安心していてはいけないってことかなとも思う。

平和で穏やかな明日が来るのは、
当たり前のことではないのだから。


ドラッグに溺れる仲間たちに向けて、ミックからのメッセージと言われている
「You can't always get what you want」
欲しいものが必ず手に入るとは限らない
でも努力すれば時には 必要なものを手に入れられるかもしれないね

| | Comments (6) | TrackBack (0)
|

『出来る事と出来ない事はない。説明するが、完璧な姿を求めるな』

先日、有休をとって朝寝坊をしていた時のこと。

何度か目覚めかけては、
「まだ眠い~、まだ眠れる~」
と再び眠るを繰り返していた。

その目覚めと無意識の間にいた時、
夢を見ているようなイメージが浮かんだ。

女性のような存在が、アドバイスされていた。

女性は私とは別のように思えたけれど、そのアドバイスは私にも言われているように感じた。
アドバイスはまるで”天の声”のようなイメージ。

とても大切なアドバイスのような気がして、
「このまま眠ったら、忘れてしまう~」
と必死に起きて、メモを取った。

その言葉が、タイトルにもした、
『出来る事と出来ない事はない。説明するが、完璧な姿を求めるな』


ひとつめの言葉の後に、『説明するが』と続くところが、とてもツボ。
これだけじゃわかりにくいかなと思い、わかりやすく加えてくれたのかなと。


私は自分が悩むことのすべての答えは、自分の中にあると思っている。

なのに、どうしたらいいのかわからなくなってしまうのは、
日常生活を送る中での様々な雑念に邪魔をされて、
その答えが見えなくなってしまうからだ。

後から思ったことだけれど、
もしかしたらこの時私は、自分の潜在意識とコンタクトを取っていたのかもしれない。

ほら、潜在意識って顕在意識よりもずっとずっとずーっと大きいというではないですか、自分でわからないだけで。
潜在意識が知っている答えに、普段の自分は全く気付けていないということなのかもしれない。


『出来る事と出来ない事はない』
というのは、
私たちは物事を、出来る事、出来ない事、と分類しがちだけれど、
その考え方は間違っているよ、ということかなと思った。

『完璧な姿を求めるな』
は、そもそも”出来る事””出来ない事”という考え方が間違いならば、
出来ない事をクリアして完璧になろうなんていう考え方も間違っている、
ということかなと思った。

うーん、
でもこの解釈については自信がない。
もっと他の意味のような気がする。
(後日、思いついた別解釈!
「一人の人間はそもそも完璧になる必要なんてない。
それぞれが無いものを補い合い、支え合っていくのが自然な形なのだから」)


私は夢と現実の間のような感覚をキープしつつ、
浮かんだ疑問を投げかけてみた。
今なら、その答えもわかるのではないかと。

「でも、出来ない事を出来るようになりたいと思う気持ちが向上心を生むんですよね。
出来ないのに、開き直って出来るようになる努力もしないのがいいとは思えないんですが」

返ってきた答えは、
『出来ない事を出来るようになるよう取り組むのは良いこと。しかし、出来ないということにとらわれるな』

なるほどー。

出来るようになりたいと、取り組んでも、
現実は思ったようにはいかなくて、
出来るようになんて中々ならなくて、
落ち込んでしまうのはよくあること。

つまり出来るようになりたいとそのことに取り組むのは良いけれど、
思った通りにならないといって落ち込んだりするのは違うよってことかー。

あ、それに、そうか。
「(今は出来ないけど)出来たらいいな」
と出来るよう取り組んでいることは”出来るようになりたいこと”
「(出来ないけれど)興味ないから出来ないままでもいい」
のは、”興味のないこと”

要するに、「出来ない事」っていうのはなくて、
”出来るようになりたいこと”と、”出来なくてもいいこと”
があるだけなんだ。


更に続いたアドバイス。
『真剣に取り組めば取り組むほど、それは苦しみの種にもなっていく。
しかし本来そのことが自分にもたらしてくれた、それを好きだという、それがやりたいという心(魂)の輝きを忘れるな』

ほー!ほー!
なるほど、なるほどおおおおおおーーー。

確かに、はじめは楽しい気持ちでいたものの、
続けていくうちに自分の力のなさを思い知らされたり、
予想外の問題が起こったり、
深入りすると、嫌な部分が見えてきてしまったりする。

でも、そこに悩むのではなく、
始めた頃の、ワクワクするような心(魂)の輝きを忘れてはいけない。

つまり、
初心忘れるべからず、
ということかー。


ふと、夢のイメージの中に、とても安らかな場所があると気付いた。
あれの正体はなんだろう?
知っているもののような気がする。
正体がわかれば、私はとても安らかな気持ちになれるのに。

考えていて気付いた。
それは、私があることに関わり始めた頃の状態。

問題もあれど、関わり始めたときは楽しさの方が大きかったのに、
いつのまにか悩みの種になってしまっていた。
あの安らぎを再び感じるためには、
あの頃の気持ちを思い出して、それを大切にすればいいんだ。
つまり、原点回帰。


私は以前のブログのコメントで、
「ブライアンについては、音と戯れることでブライアンの魂は輝いていたのだと思います。
周りの環境や、商業路線にのらなければいけないことで混乱してしまっていたのだと思いますが。」
と書いた。

ブライアンの魂は音楽によって輝いて、
でも続けていくうちに問題も起こってきて、
体力もなかったため、
続けることが苦しみを生むことになってしまった。
だけど音楽は辞められなかった。
ブライアンは音楽そのものだったから。
音楽を切り離すことなんてできなかったから。
だからブライアンはコッチフォードで、始めた頃の健康な自分を取り戻そうとしていたんだ。
音楽を続けていくために。


ブライアンの心情に近付けたと思うと同時に、
自分にとっても、すごく大切なアドバイスを受けた気持ちになった。

このアドバイスを忘れず、この考え方を今後に活かすようにしたい。
初心、忘れるべからず。
魂の輝きを忘れるな。

スッキリした私はエナジーチャージのため、
初めての東京スカイツリーに行ったのでした^^


20150129_173120
東京タワーが見える^^*


20150129_174003
隅田川


| | Comments (0) | TrackBack (0)
|

人との距離の取り方

人間って順調な時ばかりではないし、
うまくいかなくて、ネガティブになってしまうこともあるし、
そういう時、一人では抱えきれなくて、
誰かに話を聞いてほしいって思ってしまうこと、あると思う。

打ち明ける相手は誰でもいいわけではなくて、
信頼できる人。
この人なら、自分のマイナスな部分も受け止めてくれるのではないか、
と思える人。

でも現代人は忙しすぎて、
表面的な明るい部分だけを共有し、笑い合っているだけで精いっぱい、
悩みなんて打ち明けられたって重くて迷惑、
って思われてしまう。

でも、そんな関係しか持てないのではさびしいよね、
って話を以前、知り合いとした。

ただ、やっぱりネガティブなことを受け止めるのにはエネルギーがいるし、
喜ばれる話題ではないと思うけれど、
そういう感情も話し合える人がいるっていうのは大切だと思う、
という話を更にした。


私がネガティブな感情を受け止める側になったことはあったかな、
と考えて、あることを思い出した。

その頃、よく会っていた友達、仮にAちゃんとします。

Aちゃんは感情の起伏が激しい人だった。

理解できないところもあったけれど、
「いいところもあるしね」
と思って付き合っていた。

Aちゃんは、相手の状況を考えることが出来ない人だった。

例えば、仕事から帰って、さあ、夕飯にしよう、
っていう時に電話がかかってくる。
こちらの都合も聞かず、
「聞いてよ聞いてよ」
から始まり、ノンストップで話し始める。

話の切れ目に、
「ごめん、私、今帰ってきたばかりでこれから夕飯なの。また後でかけなおすよ」
というと、不機嫌になる。

休日、外で他の人と会っている時にも同じ調子で電話がかかってくる。
話の切れ目に、
「ごめん、今、外にいて人と会ってるから。帰ったらかけなおすよ」
というと不機嫌そうに電話が切れ、
またすぐにかかってくる。
「私の話と、自分の用事とどっちが大切なの!?」
と感情をぶつけてくる。

内心うんざりして、
おまえの自分勝手な話を聞くのなんて大切じゃねーよ
と思ってしまう。

ある時は、夜も眠れないほど悩んでいて、会って話を聞いてほしいという。
私は疲れていて早く帰りたかったけれど、
そんなに辛いのなら、と会社帰りに待ち合わせをした。

ところが待ち合わせ時間にAちゃんは現れない。
もう帰ろうかな、
と思った頃に現れて、
「ごめん、一旦うちに帰って、寝ちゃった」

はあ? 眠れないって言ってなかった??

それでもその後、喫茶店でAちゃんの話を聞き、
大分落ち着いたようで、よかったと思いながら、夜も遅くなったので、
じゃあね、
と笑って別れて電車に乗ったら、彼女からの電話の嵐。

「もしもし!? もしもし!?」
留守電に切り替わると彼女の悲鳴のような声。
「なんで出ないの!? どうして出ないのよーーーーー!!」
……もう、こっちの頭がおかしくなりそうだった。

Aちゃんの言い分はこうだった。
「友達でしょ!? 友達なら話を聞いてくれて当たり前でしょ!?」

そんな自分勝手なの、友達じゃないよ、って思った。
友達であっても、
「ごめんね、話聞いてくれてありがとう」
って気持ちが大切なんだって思った。話を聞くのは、友達だから当たり前ではない。

それでも私は彼女を受け入れていた。

人間って、いい時ばかりじゃない、ネガティブになってしまうことってあるよね、誰かに受け止めて欲しい時ってあるよね、お互い様だよね、
って思っていたから。

でもその後、彼女との会話の中の一言で、私はもう許せないと思ってしまった。
もうこの人との友達関係はおしまいだって。

その時も、彼女は電話で自分の近況を語っていた。
嬉しいことがあったということで、そこまで詳細に話してくれなくても、っていうほど、彼女は浮かれて話し続けていた。

そして、せせら笑うように言ったのだ。
「私ばっかりうまくいっちゃって、こんな話聞きたくないのかもしれないけどね~」

はあ!?
って思った。

確かに私はその頃、あまり状況が良くなかったのかもしれない。
だけど、人のうまくいっている話を妬むような状況でも心境でもなかった。
なのに、彼女の、この人を見下したような言い方は?

反対に私が穏やかに過ごしている時、彼女のネガティブな話を聞かされることもあった。
私は自分の穏やかな日々を彼女に話さなかった。
何故なら、それは彼女を余計追いつめてしまうかもしれないと思ったから。

そういう私の気持ちを全く理解してくれてもいない、この彼女の言葉は一体なに?

そのまま友達付き合いを一切絶つこともできたけれど、
彼女が上機嫌なその頃ならば言えると思って、私は自分の気持ちを話した。
なにを話したのか覚えていない。
決して話して楽しい気持ちにもならなかったのは覚えている。

彼女は電話の向こうで、やっぱりせせら笑うように言った。
「言いたいことはそれだけ?」
「うん、そうだね」

それで私と彼女の友達付き合いは終わった。

私が最終的に切れたこの一言がなかったら、
もしくは、
「ごめんね、話を聞いてくれてありがとう」
って言葉があったなら、
まだ友達付き合いは続いていたかもしれない。


この記事のカテゴリをブライアンにしたのは、
ブライアンも快楽主義者でありながらネガティブな部分があり、
周りの信頼できると思える人たちに自分の感情を話していたのではないか、と思ったからだ。

親しいとはいっても、
「重たい話は聞きたくないよ」
って突っぱねられる場合もあったでしょう。

受け止めようとは思っても、重すぎて、受け止めきれないよ!
って思われてしまうこともあったでしょう。

でもブライアンは、
友達なんだから、話を聞いてくれて当たり前、
だとか、
感謝の気持ちもない、
なんてことはなかったと思う。

ちゃんと感謝して、
自分が迷惑をかけてしまっているのであろう人たちに申し訳ない、って思っていたと思う。

ブライアンもまた、私のように、
迷惑をかけてしまっているのはわかっていて罪悪感もあるし、感謝もある、
だけど自分の気持ちを自分一人では抱えきれないんだよ、
って思ってしまうことがあったのではないかと。

だけど、それでも、
人は誰かのネガティブな感情を受け止めるのは辛いしきついし、
なるべく受け止める役にはなりたくない、
と思ってしまうものなのでしょう。

ブライアンと私のような性格のタイプには、
ネガティブなのは重たいよ!
と拒否されてしまう希薄な関係、人との距離の取り方はさびしいなと思ってしまうけれど、
それが現実なんだよ、
っていうことを悟らなくてはいけないんだなって思う。

ブライアンと私を同じような性格のタイプとひとくくりにしてしまうのもどうでしょう、
って自分でも思いつつ^^;


さて、
こんな話題の後には、
気持ちを安らげましょう。

先日、公園の緑の中で奏でてきた音をお聴きくださいませ♪

| | Comments (4) | TrackBack (0)
|

ストーンズ前夜祭♪ ブライアン♡ナイトなご報告

初ストーンズ体験前に、
東京jajoukaのストーンズ前夜祭にて、
ブライアン♡ナイトに行ってまいりましたが、
ブライアン片山さんより、
セットリストを頂きました♪


■1st Stage / 東京Jajouka
【Setlist】(*は、ブライアン片山さんのギター以外の使用楽器及び、ギターの変則チューニング)
SE~
1. Satisfaction(Intro)~The Last Time
2. Gat Off Of My Cloud
3. I Just Want To Make Love To You *Harp
4. Little Red Rooster *Open G(Slide)
5. I Can't Be Satisfied *Open G(Slide)
6. Lady Jane *Dulcimer
7. Sitar Solo~Paint It, Black *Sitar
8. 2,000 Man
9. Ruby Tuesday *Recorder
10. Time Is On My Side
11. 19th Nervous Breakdown
12. Jumping Jack Flash

■2nd Stage / 片山健雄(Sitar)
【Setlist】
1. Raga Mishra Shivaranjani - Alap
2. Happy Birthday to Brian Jones
3. Mother's Little Helper
4. Raga Desh
a)Alap
b)Gat in Madhya Ada Chautaal
5. 組曲:Gomper
a)Gomper
b)Jhala


しかーし、
時間の都合で、2ndステージの途中で、お暇することになってしまったワタクシTT

最後までいられなかったのは残念でありました。

でも、きっとまた演ってくださると思うので、
大大期待!しましょうhappy02


ブライアン、かっちょいいー!

Brian4

| | Comments (4) | TrackBack (0)
|

ブライアンは不満を感じていたのか?

少しほとぼりが冷めた頃かと思いますが、
某作曲家の影武者騒動のニュースを見て思う。

創作者にとって、自分が創り出した作品はとても大切な愛おしいもので、
それを発表できるというのは、とても幸せなことだと思う。

もちろん自分の名前で発表されれば一番嬉しいけれど、
それが叶わなければ、他人名義になってしまおうと、
自分の作品が発表され、人々から称賛されれば、嬉しいと思えるのではないかと。
その嬉しい気持ちが持続するかどうかは別として、
とりあえず、発表の機会を得た最初のうちは嬉しいのではないかと。

ストーンズの楽曲において、ブライアンが作詞作曲に貢献した曲も多いのではないかという話があります。

でもそのクレジットにブライアンの名はありません。

ブライアンは不満に思っていたのでしょうか?

考えていて――
ブライアンは少し不満を漏らしていたなどという話もありますが、
私はそれほど不満には思っていなかったのではないかと思います。

ブライアンの大いなる貢献は作詞作曲においてというより、
様々な楽器を操り、様々な音でストーンズの楽曲を彩っていったことだと思うからです。

そういった点では、演奏している時点で、誰が見たって、
その音はブライアンの演奏以外の何物でもないし、
ブライアンの貢献は明らかだからです。

メンバーはブライアンの貢献を認めていたはずです。

こきおろしていただけ、みたいな言われ方もされますが、
そんなことはないはず。

メンバー間にしかわからない心情などが、そこには必ず存在していたのだと思います。


初期の頃はメンバーの共同名義の「ナンカー・フェルジ」を使っていたのを
ジャガー/リチャーズ、にしたのは、メンバーではなく当時のマネージャー、アンドリューだったのでしょうし。

前にも書きましたが、(コチラ
当時のブライアンにはアンドリューの言うことに従うことがベストだと思えたのでしょう。


それにブライアンはアニタ主演の映画の音楽は確かに担当しましたものね。
リリースされなかったブライアン作曲の作品は確かに存在していたようですし。


ブライアンはたぶん、
自分が愛情をかけて彩ったストーンズの楽曲たちを演奏しながら、
人々が喜ぶ(盛り上がる)様を見ることに、大きな喜び(しあわせ)を感じていたのではないでしょうか。

不満を感じるというよりも、
ストーンズを結成出来て、
ストーンズで演奏出来て、
ブライアンはすごく、しあわせだったと思います。

というところで…、
「paint it black」 !!

| | Comments (2) | TrackBack (0)
|

より以前の記事一覧